「京都大学では何も教えません」 京大名誉教授が衝撃を受けた総長の言葉の意味とは

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過去最高の大卒就職率に

 厚生労働省と文部科学省の調査によれば、大卒の就職率はこの3年、過去最高を更新し続けており、昨年は98%にまで達したという。ちなみにお隣の韓国では70%以下ということが社会問題にすらなっている。

 この好調の理由については「アベノミクスの成果」という論者や、「団塊世代の大量退職による人手不足」という論者、さらにその両方の影響、という論者までいて、さまざまな分析がなされている。

 ただし「大学生が優秀なので」という理由を挙げる人はあまり見ない。それどころか、よく目にするのは「いまどきの新入社員は……」という十年一日のような嘆きのほうだろう。

 しかし少なくとも大学に真面目に通う、という点においては、「いまどき」の大学生は、嘆いているおじさんよりも真面目な学生生活を送っている可能性が高い。

 文科省や大学側の縛りが以前よりも厳しいため、授業の休講が難しくなっている。昔ならば「やたら休講が多くて、出席も取らない、しかも単位は楽勝」という類の講義、というのがそこそこあったのだが、そういう存在は許されなくなっているからだ。一定数の講義を行なわなければならないので、振り替え休日であっても授業が行われることは珍しくない。

 文句を言っているおじさんよりも真面目に大学に通っても、それが評価につながらない。組織に入れば「ゆとりは~」などと言われることすらある……じゃあどうすればいいんだよ、と言いたくなる若者もいるのではないか。

京都大学はなぜ何も教えないか

 京都大学名誉教授(細胞生物学)で、高名な歌人でもある永田和宏氏は、50年ほど前、京都大学に入学したときのことをいまでもよく憶えている。学生たちを前にして、時の総長がこう言ったからだ。

「京都大学は、諸君に何も教えません」

 この一言に永田氏は衝撃を受けつつも、興奮と感動を味わったという。

「これまで手取り足取り、先生たちから教えられてきた高校までの教育、それらとはまったく違った世界にいま自分は足を踏み入れようとしている。それはまた、心が震えるような興奮であり、感動でもあった」(永田氏の新著『知の体力』より。以下、引用はすべて同書より)。

 近年、文科省は高校と大学の連携を謳い、高校の復習のような教育を推奨する傾向すらある。しかし、永田氏はむしろ高校と大学はまったく違うものだという前提で教育を進めるべきだ、と考えているという。

「私も高校のときには、実際によく勉強したと思っている。塾にも通ったし、模擬試験の成績も結構よかった。しかし、何のためにと突き詰めて考えたことはほとんどなかったような気がする。目の前に、入学試験という目標がぶら下がっていたからである。勉強は試験でいい点数を取るためとして、深く考えることもなかった。

 勉強には試験がつきものである。勉強の成果は試験の点数で計られる。せっかく勉強したのであるから、いい点数をとりたいが、そのためには正しい答えに辿りつかなければならない。

 しかし、この『正しい答え』というのがなかなか曲者である。そこではまず『正しい答え』があるということが前提となっている」

「正しい答え」の怖さ

 それのどこが悪いのか。そう思われるかもしれないが、永田氏はこの「正しい答え」を前提とすることの怖さ、とくに「正しい答え」が一つだ、という考え方の危うさを強調する。

「どこかに正解があって、その正解は自分が知らないだけであって、誰かが(だぶん誰か偉い人が)知っていると、頭から思い込んでいること、その呪縛のまま、大学においても同じスタンスで教育を受け、そして社会に出ていく。そんな社会人ばかりが増えていくと考えることは怖ろしいことではないか。(略)

 問題には一つの答えがあるものだと思ってきた教育と、何一つ絶対的な答えというものがない実社会とのあいだに、バッファー(緩衝帯)が必要だと私は思っている。大学の大切な役割の一つは、高校までの教育と実社会とのあいだのバッファーとしての役割である。高校を卒業して社会にでる人も多いわけであり、ほんとうは高校にもそのような役割があってほしいとは思っているが、少なくとも大学には、そのような役割は必須のものだと私は思う」

 実社会では、学校やあるいは職場で事前に教わらなかったような事態に直面することを必ずだれもが経験する。そうした想定外の事態、問題に自分なりに対処するには、基礎体力ならぬ、「知の体力」とも言うべき力が必要になる、というのが永田氏の主張だ。

 そうした力を身につけていれば、就職率の変動と関係なく、この世をしのいでいけるということなのだろう。

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