東野幸治が描く“大西ライオン伝説”「テレビに出ていなくても、心配しない男」

芸能週刊新潮 2018年5月3・10日号掲載

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 東野幸治が仲間たちの秘話をつづる連載「この​素晴らしき​世界」。今週のタイトルは「心配しない男、大西ライオン(1)」。

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「心配しない男」といえば大西ライオンというピン芸人です。

 10年程前に劇団四季のミュージカル「ライオンキング」の役者のような出で立ちでバラエティー番組に出演し、人気を得ました。上半身は裸。腰に肌色と茶色の布を巻いて、頭の上には段ボールで作ったライオンの頭を被り、「心配ないさ~」と高らかに歌うのが彼の芸。そもそも「心配ないさ~」とは「ライオンキング」の1幕終盤に歌われる「ハクナ・マタタ(どうにかなるさ、の意)」の歌詞で、主役であるシンバが子供から大人への階段を登る際の第一声です。

 先輩芸人から「最近、テレビで見てないけど大丈夫?」と言われても「心配ないさ~」と何の疑いもなく大声で高らかに歌う、まさに一発屋芸人。

 今の彼をどう説明したらいいのだろう? 説明するのが難しい。そもそも彼は何故この世界に入ってきたのか……?

 関西出身なのに東京のNSCの5期生で、同期はピースや平成ノブシコブシ。大阪なら南海キャンディーズやキングコング、ノンスタイルやとろサーモンなどと同期。2度ほどコンビやトリオを組んで解散し、ピン芸人の大西ライオンとして活動を始めます。

 きっかけは「めちゃ2イケてるッ!」の「岡村オファーシリーズ」でナインティナインの岡村隆史君が劇団四季の「ライオンキング」に挑戦する企画をテレビで観たことでした。「これなら自分も出来る!」と思い、録画した「めちゃイケ」の「ライオンキング」を何度も何度も観て完コピしたのが、その芸の原型です。劇団四季のはそれから月日が経ち、大西ライオンという芸人が認知されてから1度観劇しただけといいます。たったの1度だけ。

 しかもその際、劇団四季のはからいで楽屋に案内されたそうです。劇団四季のメンバーの皆さんが大西ライオンを見て「本物だ!」「本物が来た!」と興奮されたといいます。

「心配ないさ~」一本だけで簡単にテレビに出られたこともあり、その芸にアレンジを加えることも、バージョンアップすることもなく、現在も歌い続けています。

 新ネタを考えるとか、R-1グランプリに出場するとか、「売れる」とかは、すっかり諦めたそうです。

 お笑い芸人なのに、真正面からお笑いに向き合わなくなったんですね。本人に直接聞いたので、嘘ではありません。私は恥ずかしながら、そんな大西ライオンとよくゴルフに行きます。その時に色々と質問したことがあります。

「どの番組でもレギュラーになれるなら、どの番組のレギュラーになりたい?」

 少し考えて大西ライオンは、「『旅サラダ』です」と答えました。

「え、お笑い番組じゃないの?」

 と私が聞くと、

「はい。才能がないので『旅サラダ』のラッシャー板前さんのポジションでレポーターしたいです。アレなら出来ると思います」

「朝だ!生です旅サラダ」のラッシャー板前さんポジションとは、生放送で日本中の海や山の新鮮な食材を、地元の女性アナウンサーと一緒に楽しく丁寧にレポートする仕事です。よく考えたら失礼な話で、ラッシャー板前さんのグルメコメントをなめているのか? 失礼なことを言っていることに気づいてないのか? 後者です。大西ライオンというのはそういう男です。

(そんな大西ライオンの残念な話はまだまだ続きます)

東野幸治(ひがしの・こうじ)
1967年生まれ。兵庫県出身。東西問わずテレビを中心に活躍中。著書に『泥の家族』『この間。』がある。