中国人はなぜ裏切るのか―― 裏切られることを前提とする社会

国際 中国

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 たまたま列車で隣り合わせになったひとと話が盛り上がった。すっかり親しくなったあとで、「ちょっと荷物を見ていてください」と頼んで席を立った。戻ったら、荷物といっしょに相手はいなくなっていた……。

 こんな話を聞いたら、日本人なら誰もが「ヒドい奴だ」と憤慨するだろう。だが同じ話を中国人にすると、「そんな奴を信用したお前が悪い」といわれる――。そう語るのは、作家の橘玲氏である。

 なぜ隣国にもかかわらず、日本と中国では、これほどまでにものの捉え方が違うのだろうか。橘氏は著書『言ってはいけない中国の真実』の中で、その理由を以下のように説明している。

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 中国は「関係(グワンシ)の社会」だといわれる。グワンシは幇(ほう)を結んだ相手との密接な人間関係のことで、これが中国人の生き方を強く規定している。

「グワンシ」は人間関係を「自己人(ズージーレン)」と「外人(ワイレン)」に二分することだった。「自己人」はインサイダー、「外人」はアウトサイダー一般にあたる。

 自己人とは、自分と同じように100パーセント信用できる相手のことだ。人間関係でもっとも大切なのは血縁だが、情誼(じょうぎ)(チンイー)を結んだ朋友(ほうゆう)も自己人の内に入る。

 それに対して外人は、文字どおり「自己人の外のひと」だ。「グワンシ」を持たない外人は、信用できることもあれば裏切られることもある。
 
 中国人は外人を信用せず、すべてを内輪(インサイダー)でやろうとしている、というわけではない。それとは逆に、彼らは日々の仕事や生活のなかで外人ともおおらかにつきあう。ただ、どれほど親しく見えても、最後は裏切る(裏切られる)ことが人間関係の前提にあるのだ。

 中国人の行動文法では、裏切ることで得をする機会を得たときに、それを躊躇なく実行することを道徳的な悪とは考えない。こうした道徳観はいまの日本ではとうてい受け入れられないが、戦国時代の下克上ではこれが常識だった(だからこそ忠義を尽くすことが最高の徳となった)。それがさらに1000年つづくと、ひとを信用して荷物を持ち逃げされても、非は相手にあるのではなく自己責任だという文化が育つのだ。

 日本の社会と比較した「グワンシ」のもうひとつの特徴は、個人と個人の関係が共同体のルールを超えることだ。

 日本でも、会社のコネで手に入れたチケットを友人に回す、などという行為は一般に行なわれている。しかし機密情報の漏洩など、重大なルール違反にまで手を染めるひとはほとんどいない。だが中国では、「グワンシ」のあるひとから依頼されれば会社のルールはあっさり無視されてしまう。これが日本企業が、「中国人は勝手に情報を持ち出す」と不満を募らせる理由だ。

 なぜこのようなことが起きるかというと、日本と中国では「安心」の構造が異なるからだ。

 日本の場合、安心は組織(共同体)によって提供されるから、村八分にされると生きていけない。日本人の社会資本は会社に依存しており、不祥事などで会社をクビになれば誰も相手にしてくれなくなる。だからこそ、会社(組織)のルールを私的な関係よりも優先しなくてはならない。

 それに対して中国では、安心は自己人の「グワンシ」によってもたらされる。このような社会では、たとえ会社をクビになったとしても「グワンシ」から新しい仕事が紹介されるから困ることはない。だが自己人(朋友)の依頼を断れば、「グワンシ」は切れてすべての社会資本を失い、生きていくことができなくなってしまうのだ。

朋友が命綱

 中国に赴任した日本人駐在員の体験記を読むと、工場が雑然としていて誰も掃除しようとしない、ということからはじまって、会社の備品の私物化、二重帳簿や裏金、頻発する密告と直訴まで「異文化体験」が溢れている。だがこれらは東南アジアなどの新興国でも一般的に見られるものだ。日本を含め農村社会的な前近代性を引きずる社会には、多かれ少なかれこうした傾向が残っている。

 そのなかで私が面白いと思ったのは、中国人幹部から突然、「社長、喜んでください。同業他社が2倍の給料を出してくれます。辞職させていただきます」といわれたという話だ(これは珍しいことではないようだ)。

 こんなときふつうの日本企業なら、「これまで育ててやったのに」と不快に思うだろう(「裏切り者」と怒鳴りつけてもおかしくない)。だがこの会社の社長はまったく逆に、「おめでとう」といっしょに喜ぶのだという。

 社長がいうには、社員の転職を祝福すれば、会社を離れてからも「グワンシ」は続く。ライバル会社が高給で引き抜くような社員は優秀だから、やがてそこでも頭角を現わし、大きな権限を持つようになるだろう。そうなれば、彼との「グワンシ」から新しいビジネスの可能性が生まれるのだ。

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 橘氏は、「いつ誰に裏切られるかわからない社会では、信用できる相手を見つけるためのさまざまな工夫が必要になる。宗族は同じ苗字でつながっており、台湾や香港では宗教結社や秘密結社も健在だが、そのなかでもっとも大切なのが朋友で、共に死地に赴くことを誓った彼らこそが最後の命綱なのだ」と中国人の人間関係について語る。そして「日本人が中国人を『わかりにくい』と思っているように、中国人も日本人を『理解できない』と感じている。だが自分と相手の立場を入れ替えてみれば、人間関係における不可解な謎のほとんどはかんたんに解けるはずだ」と解説している。

デイリー新潮編集部

2018年4月6日掲載

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