栗山監督が初めて明かした! 「大谷翔平」謎に包まれた「趣味」「彼女」「クリスマスの夜」

野球週刊新潮 2018年1月4・11日号掲載

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栗山監督が初めて明かした「大谷翔平」謎に包まれた「趣味」「彼女」「クリスマスの夜」(上)

“その時”は意外に早くやってきた。来季、エンゼルスでメジャーリーグに挑む大谷翔平(23)。日本球界を驚かせた「二刀流」の素顔を、5年間見守り続けてきた、日本ハム・栗山英樹監督が明かした。大谷の謎に包まれた「趣味」「彼女」、そして「クリスマスの夜」……。

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 チームが決まった時には、翔平は、現地からすぐに報告をくれましたよ。「エンゼルスに決めました!」って。

 いろんな選択肢の中で、エンゼルスが一番誠意ある内容だったということだと思います。だから、翔平も「やりきった」という感じでね。ホントにスッキリした様子の声でした。それを聞いて、私も心の底から良かったな、と思いました。

――そう語る、栗山監督。手塩にかけた大谷翔平は、日本での5年間で多くの実績を残した。「二刀流」に挑み、投手として最多勝などのタイトルを複数獲得、打者としても二桁本塁打を2シーズンマーク。二桁勝利と二桁本塁打を同一シーズンにマークしたのは、日本初、メジャーを含めてもベーブ・ルース以来である。渡米する大谷への評価や期待はこれまでの日本人選手の中でも最高と言って良い。

 チーム名を挙げてではありませんが、球団選びについては、交渉の前にアドバイスはしました。「二刀流をやるのなら、チームの環境、状況を見て、やりやすいところかどうかを考えろ」「二刀流に球団がどれくらい本気なのかを見極めろ」と。

 ですから、翔平はそれについてしっかりと考えたはず。私自身も、チーム状況だけでなく、地理的にも、気候の面でも、エンゼルスは翔平が「やりたいこと」を実現しやすい球団であることは間違いないと思います。

 実は、今シーズン後に移籍することは、事実上2016年から決まっていました。

 もともと翔平は、「二刀流はチームが勝つため」と言ってきました。16年、翔平の活躍もあってチームは日本一に。以降は、本人が行きたいと思った時が“その時”と思ってきたワケです。

 ですから、日本一になった後の11月をはじめに、(17年の)キャンプ、開幕前、オールスター前などのタイミングで全部で6回、本人の意思を確認してきました。札幌ドームの監督室で話しましたが、時間にしていつも10秒くらいでしたよ。「どうなん?」「行きます」。一貫して、気持ちがぶれることはなかったですね。

 そりゃチームのことを考えれば、メジャーに行くべきかどうかは言いにくい。

 でも、翔平が本気になった時の集中力、力の出し方にはすさまじいものがある。逆に、本人の気持ちとは別に、もう1シーズン日本にいたとしても、結果は残らないタイプの選手ですから、本人が行きたいタイミングで行かせてあげるのが一番だと思ってきました。

 そもそも、翔平が入団する時から、僕も球団も日本ハムに来てくれ、とは言ってないんです。メジャーで活躍する最短の道は、まず日本でプレーして技術を身に付け、良い契約をもらってアメリカに行くことだ、と。そのための道筋を作るのが我々の役目だ、と。早い段階でメジャーに送るというのは、その時の約束を守ることでもあったのです。

二刀流について

 翔平に初めて会ったのは、彼が高校2年生の春。震災直後の4月で、番組の取材でした。以前から(花巻東高校の先輩である)菊池雄星に「すごい後輩がいる」という話は聞いていましたけど、その時の印象は「すごく頭の良い選手」です。キャッチャーの子が津波の被害を受けた、という話を聞きましたが、答えの内容とは別に、論理的な考え方とか、答えるスピードの速さに、それを感じましたね。

 その年、夏前の試合でピッチングを見て、夏の甲子園でバッティングを見て、両方とも間違いなくプロの世界でトップに立てるレベルにあると確信しました。

 翌年、僕は日本ハムの監督に就任しましたから、早い段階から「大谷獲得」を主張してきました。会議で当然、彼をどう起用するかという議論になりますよね。僕はどちらでも出来るという確信があったので「誰かがどちらかに決められない選手だ」と言い続けてきました。高校生の段階、身体がまだ出来ていない段階を見ても両方出来ると思った。だから、逆にどちらかを殺してしまうことは出来ない。ファイターズでは、選手が持っている才能を消さない、邪魔しないことを指導のベースにしています。ものすごい才能を2つ持つのに、どちらかをやめてしまうという選択肢は頭にまったくありませんでしたね。

 球団内でも二刀流に反対の声はなかった。もちろん外からの批判はありましたけど、一切気にしませんでした。ダメだと言われている点に耳を傾け、その理由を潰せば良い。僕はそれは出来ると思っていました。

 ですから「二刀流」は交渉時に我々から提案したもの。翔平はどう思っていたのか? う〜ん、本人に聞いてみないと……。でも、多分本人も「2つ」出来ると思っていたと思いますね。

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