マスコミとどう付き合うのが正解か  新人選手必読の書『不動心』

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どけ、虫けら

 スポーツ新聞のカメラマンが、ダッグアウトから引き揚げてくる選手に向けてフラッシュをたいた。すると、その選手はカメラマンに向かって

「どけ、虫けら」と吐き捨てた――もうずいぶん前に引退した有名なスラッガーに関する逸話である。

 人気選手になればなるほど、マスコミとの衝突は避けられない。ドラフトで千葉ロッテマリーンズに1位指名された安田尚憲選手も、きっとそのうちマスコミとの接し方で苛立ち、悩む日が来るかもしれない。

 安田選手が愛読しているという『不動心』(松井秀喜・著)には、松井氏流のマスコミ対応の心得が披露されている。以下、同書より引用してみよう。

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僕とメディアの関係

 プロ野球選手にとって、メディアとの付き合いは仕事の一部です。しかも、なかなか難しい仕事と言っていいかもしれません。打つ、投げるといったプレーは、自分で努力できます。例えば凡打したときは、雪辱を期して素振りをする、トレーニングをするなど、色々と方策があります。

 しかし、メディアの報道というのは、自分でどうにもならないところがあります。記者の方が見て、感じて書く記事に対して、僕が何かをできるわけではありません。

 嘘やでまかせの記事は論外です。でも、僕を見て取材した記者の方が、どう記事を書くか。それは、書く本人にしかコントロールできません。

 ヤンキースに入団した2003年シーズン当初、大リーグ投手の微妙に動くクセ球に戸惑い、なかなか結果を出せませんでした。外角へ沈んでいくボールを強引に引っ張ってしまい、内野ゴロばかり打っていました。

 今思えば非常にうまいネーミングだなあと思うのですが、ニューヨークタイムズが僕のことを「Ground Ball King」と書きました。訳せば「ゴロ王」。ゴロばかり打っているゴロの王様というわけです。地元紙ですから、ニューヨークで普通に生活していれば、嫌でも目に入ります。

 結果が出ずにチームに迷惑をかけていることは、自分が一番よく分かっています。何と書かれても何も言えないのですが、決していい気分ではありません。しかし、一番怖いのは「悪く報道される」ことではありません。むしろ、悪く書かれた記事を気にするあまり、自分のペースを乱してしまうことです。

 気にしないのが一番ですが、なかなか難しいものです。新聞は自然と目に入ってきますし、「こんな記事が出ていたよ」と教えてくれる人もいます。「気にしない、気にしない」と自分に言い聞かせているうちに、もっと気になってしまう場合もあります。

 だから、僕は自分について書かれた新聞も読みます。「ゴロ王」のときの新聞も読みました。逃げているより、真っ正面からとらえた方が気持ちも切り替えやすいのです。

「スランプ報道」も考えよう

 メディアとの付き合いでは、こんな経験が生きています。巨人時代の担当記者に言われたことがあります。「“松井スランプ”と書いたときに限って、ホームランが出るんだよな。また恥かいちゃったよ」と。これは非常におもしろい話だなと思いました。

 もちろん、記事に書かれたからといって、意識してホームランを狙っていたわけではありません。調子には波があるので、よほど調子を崩していない限り、「しばらくホームランが出ていないぞ」と思われる頃には、調子が上がってきます。

 つまり、スランプと書かれる頃には、ホームランを打てる確率も上がっているわけです。当然といえば当然なのですが、いいジンクスにしてしまおうと思いました。

「松井、大ブレーキ」などと書かれた新聞を見たら「よしっ、そろそろヒットが出る時期だぞ。ホームランが出る頃だぞ」と考えるようにしたのです。担当記者には恥をかかせてしまいますが、まあ、それぐらいはいいでしょう。記者の中にもおもしろがって、ホームランから遠ざかると「そろそろ“松井スランプ”って書いておこうか」などと言ってくる人もでてきました。

「ゴロ王」と書かれた時期は、まだ大リーグにも慣れていなかったので、多少気になったことは間違いありません。でも、このときも少しずつ手応えを感じていました。結果にはつながっていませんでしたが、明るい兆しは感じていました。

 だから報道を見て、「じゃあ、そろそろライナーのいい打球が飛ぶかな」と考えるようにしました。まさに自分勝手な解釈ですが、時にはそれで構わないと思います。

 報道されるのは、プロ野球選手にとって幸せなことだと思っています。応援してくれるファンの方々との橋渡しをしてくれるのはメディアです。いいことばかり書かれるわけではありませんが、過剰なほど気にしても始まりません。

 一般の方は、メディアの取材を受けたり、新聞に書かれたりすることはないでしょう。でも、うわさだとか評判に悩まされた経験を持つ人は多いと思います。そうすると、余計な気を使い、その後へも悪影響が出てしまいます。それならば、悪く言われても前向きにとらえるようにした方が自分にプラスになります。

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 なお、冒頭に紹介したスラッガーは引退後、人生が暗転。現在はプロ野球界と関係ない生活を余儀なくされている。

デイリー新潮編集部

2017年11月5日掲載

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