70年代に少年同士の恋愛を描いた竹宮惠子 タブーに挑んだワケとその反響

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 おネエ系がバラエティ番組を盛り上げたり、LGBTへの関心が深まったり、性的マイノリティを理解して多様性を認め合える社会が、ようやくあたりまえになりつつある昨今。

 でもある意味、もうずっと前から、そんな「タブー」が広く受け入れられてきた世界がある。男性同士の恋愛を描く「BL(ボーイズラブ)」。90年代から少女マンガや小説の一大ジャンルとして確立され、いまやマンガ売り場もコミケもBL抜きにはありえない、巨大マーケットを形成する。作り手も読み手も女性であることが多く、「腐女子」などと呼ばれ、男と男のあやしい関係に胸ときめかせるのだ。

 露骨な性描写にも、女性にとってはファンタジー世界の性愛だから、安心して覗き見できる。「受け手」(女性の役割を務める方)、「攻め手」(男性の役割を果たす方)、どちら側にも自由に感情移入して、勝手に妄想を膨らませる喜びがあるらしい。BLの世界にはまることで、世間が求める窮屈な「女の子らしさ」から解き放たれ、理想的な男性たちが繰り広げる恋の世界に浸れるのかもしれない。

「風と木の詩」の衝撃

 そんなBLが発展したのは、花の24年組といわれる少女マンガ家たちの存在が大きいことは間違いない。萩尾望都「トーマの心臓」(1974年)、山岸凉子「日出処の天子」(1980~84年)、木原敏江「摩利と新吾」(1977~84年)など、70年代から80年代の少女マンガは、主人公たる少年たちが友情以上の恋心を抱き合うというモチーフを盛り込む物語が絶大なる人気を博した。まだまだBL以前。「少年愛」という言葉が大いに流行っていた。

 そのなかでも突出して衝撃的な問題作だったのが、竹宮惠子の「風と木の詩」(1976~84年)。

 舞台は19世紀後半、南フランス、アルルの男子校ラコンブラード学院。生育環境に大きな問題を抱えた美少年ジルベール・コクトーと、とび色の肌をしたセルジュ・バトゥールの許されぬ情愛を描いた作品だ。

 のっけからスゴイ。ジルベールとブサイクな上級生が素っ裸でベッドで絡むシーンから始まる。約束の時間きっかりに体を起こして服を着るジルベールに、ブサイクが未練たっぷりに腕を回し、肘鉄を食らう。次のシーンは院長室。素行を注意する名目でジルベールを呼び出した院長が、心得たジルベールの服を脱がして弄ぶ……。その間、ある事情からこの学院に転校してくるセルジュのシーン。汽車の中で白人家族から露骨な嫌がらせを受け、旅の疲れのうえに差別のパンチも浴びせられる。

 ショッキングな描写は、作者の竹宮にとって必要不可避のもの、描かなければならなかったものと言う。ジルベールはなぜ愛し合ってもいないブ男や院長とセックスするのか。セルジュは優しくて誰に対しても誠実なのに、なぜ差別を受けなくてはいけないのか。このあと展開されるストーリーで明かされる、2人の少年が背負っているもの、2人が惹かれ合ってゆく理由が、説得力を持って生きてくるのだ。

掲載までの道のり

 この作品、あまりに革新的だったため、発表まで長い道のりだった。竹宮が構想を得たのは20歳そこそこだった1970年。すぐに問題の冒頭50ページを一気に描き上げたクロッキーノートが、今も竹宮の手許に残されている。

 表紙に描かれた絡み合う手のカット。竹宮は「これはベッドシーンも出てくる物語。セックスをテーマにしているのだ」という決意をもって描いたという。世の中には理不尽な差別も不条理な運命もある。どろどろの性愛にのめり込むこともある。少女たちに、弱さ醜さもひっくるめての人間を直視してほしいという強い意志を持って。さらに、まだ連載が決まらぬ前から、「好きになったなら男であろうと女であろうとよいではありませぬか?」と竹宮は問いかけた(1973年9月「少女コミック」より)。

 編集者を口説いては玉砕、を重ねて6年、ようやく「少女コミック」での連載が決まった。一気に描き上げたクロッキーノートの冒頭シーンは、ストーリーはもちろん、絵、コマ割り、セリフまで、一切変えることなく発表した。

 その当時、少女マンガにセックス描写を載せる(しかも男同士の)なんて大変なことだった。それを諦めなかった竹宮。だから読者も作家の熱意と覚悟をしっかり受けとめて読み、大ブレイクに至ったのだろう。竹宮の元には中高生の読者からの手紙が連日のように届く。「この作品に救われました」という言葉が深く印象に残っているという。

 寺山修司が「これからのコミックは『風と木の詩』以前、以後という呼び方で変わっていく」(「万才! ジルベール」)と絶賛したとおり、この作品にショックを受けのめり込んだ世代が、その後のBLというジャンルを作っていった。

 タブー破りの「風と木の詩」。その原点である貴重なクロッキーノートが、竹宮の画業50周年を記念して、500部限定で完全復刻された( http://www.shincho-shop.jp/shincho/goods/index.html?ggcd=snc01540 )。

2017年10月30日掲載

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