海外で自衛官が味わわされた屈辱とは

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自衛隊を違憲という人たち

 内閣支持率の低下を受けて、安倍政権下での憲法改正が困難になってきた、という見方が報じられている。「憲法改正を絶対駄目とはいわないけれども、現内閣では絶対駄目」という主張の人たちにとっては歓迎すべき状況だとも言えるだろう。

 今年5月、安倍首相が提案した改憲案は、簡単に言えば、とりあえず憲法9条に新たな条項を加えて、自衛隊の存在を明記しよう、というものだった。

 これに反対する側の意見の中には、「すでに自衛隊の存在は国民に広く認められているのだから、あえて憲法をいじる必要はない」というものがある。しかし、アンケートに回答した憲法学者の過半数が「自衛隊は違憲だ」と主張していることを考えると、この主張はいささか苦しいようにも見える。

 東大をはじめとする名だたる大学の立派な学者たちに、「違憲の存在」だと考えられており、さらにその多くに「そのままでいい」と考えられているであろうことについて、当の自衛官たちの胸中は察するに余りある。仮にこうした学者たちが何かに巻き込まれた場合でも、出動命令が下されれば自衛官は命がけで救出に行かなければならないのだ。

現役自衛官は勲章がもらえない

 自衛隊という存在が世界的に見た場合に特殊な位置にあるのは言うまでもない。この特殊性について語られる際、よく俎上に上るのは名称の問題である。「日本軍」でも「自衛軍」でもなく「自衛隊」、というのがその代表例だ。

 他にも特殊な点は多いが、意外と知られていないのが、現役の自衛官は勲章がもらえない、という事実だろう。これは世界的に見てきわめて珍しい。

 元自衛官の評論家、潮匡人氏は、新著『誰も知らない憲法9条』で、この問題をわかりやすく説いている(以下は同書より抜粋・引用)

「世界の軍隊の中で、たぶん日本の現役自衛隊員だけが、自国の元首から叙位叙勲されません。自衛官は定年退官し、防衛産業の顧問職などに“天下り”した後、ようやく『勲○等○○章』などを授章されるわけです。つまり、どれほど勲功をあげようが、現役時代は勲章がもらえません」

 こう言われて、「あれ? でも統合幕僚長とか偉い人の制服には勲章みたいなものが並んでいる気も……」と首をかしげる方もいるかもしれない。その点について、潮氏はこう解説する。

「あれは勲章ではありません。防衛記念章です。両者の違いは、軍隊と自衛隊の違いを象徴しています。
 
 英語で説明したほうが分かりやすいでしょう。

『勲章』はメダル、『防衛記念章』はバッジです。メダル(勲章)だから、さげる。バッジだから、つける」

 戦前までの日本は、このバッジを「略綬」と呼んでいた。同じようなものだからいいじゃん、というのは外野の無責任な意見である。実はこの違いは大きい。

「ここから大問題が発生します。『略綬』という呼称に表れているとおり、それは本来着用すべき正式な勲章の『略』に過ぎません。いわゆる『平服』に着用するバッジ(またはリボン)ですから、正式なフォーマルウエアには着用できません」

 それでも日本国内にいる分には大きな支障はない。が、問題は海外に出向いた時である。防衛駐在官として海外の大使館に駐在する自衛官は、いったん防衛省・自衛隊から出向して外務省の職員となり、その身分で各国の日本大使館などに派遣されることになる。ただし、国際儀礼上の必要から、自衛官の階級を呼称し、その制服を着用することが認められている。

パーティで赤っ恥

 さて、大使館ではパーティが開かれることが珍しくない。そうした場合、勲章(メダル)がないとどうなるか。自衛官は恥をかくことになるのだ。

『誰も知らない憲法9条』では、その様子を次のように再現している。

「大使館主催のフォーマルなパーティーの場面を想像してみてください。
 
 男性は『ブラック・タイ』、女性は色鮮やかな『イブニング・ドレス』。なかには制服姿の各国駐在武官もいます。みな、胸に勲章をほこらしげにさげています。そのなか、ひとり、勲章のない軍人がいます。そう。日本の駐在武官ならぬ『防衛駐在官』です。

 日本の事情を知らない北欧諸国の駐在武官がたずねます。

『君は、どこの国の駐在武官だ? なぜ勲章をさげてこないのか?』

 そう聞かれた日本の一等陸佐が恥ずかしそうに答えます。

『私は日本のミリタリー・アタッシェ(駐在武官)です。実は、わが国には憲法9条があり、日本に軍隊はありません(以下略)』

 毎度のことなので、彼ら彼女らはみな、流暢な英語で手短に事情を説明できるように成長(?)します。けっして笑い話ではありません。かつて防衛省の正式な検討会議に提出された報告書でも『国際社会における儀礼上の基準と整合性が図られていない』と指摘された深刻かつ重大な問題です。
 
 もし、これがワシントンDC(アメリカ合衆国の首都)なら、さらなる悲劇が発生することになります。

 なぜなら、彼らの多くがアメリカの勲章をさげるからです。というのも、ワシントンDCに派遣される防衛駐在官(将補または一佐)のなかには、それ以前に、たとえば三佐の階級だったとき、アメリカ軍との連絡幹部(連絡将校、リエゾン・オフィサー)などの配置についていたエリートが少なくありません。なにしろ英語力その他、必要な資質で選ぶわけですから、けっこう高い確率でそうなります。

 こうして米軍との連絡幹部を務めると、米国連邦政府から勲章を与えられることがあります。もちろんアメリカに憲法9条はありません。正式な勲章(メダル)です。
 
 その後、昇任して一佐や将補となり、防衛駐在官としてワシントンDCに派遣されると、どうなるか。正式なパーティーで「防衛記念章」は失礼に当たります。なにしろ、バッジ(略綬)ですから……。
 
 着用すべきは、正式な勲章(メダル)のみ。でも、それは一つしかありません。仕方なく、それをさげると、今度は、こう聞かれます。

『君は、どこの国の駐在武官だ? なぜアメリカの勲章をさげているのか?』

 そう聞かれた日本の一等陸佐が、とても恥ずかしそうに答えます……(以下略)」

 海外で、自衛官がこんな恥ずかしい目に実際に遭っていることを多くの国民は知らない。潮氏は、こうした事態を「憲法9条がなければ、けっして起こり得ない喜劇」であり、「正式な軍隊なら、けっして起こり得ない悲劇」だと断じている。まさに知られざる憲法9条の負の面である。

デイリー新潮編集部

2017年7月25日掲載

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