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5試合連続ノーヒットでついに打率1割台! それでもヤクルト・山田哲人が背負い続けるものとは?

山田哲人(東京ヤクルトスワローズ公式HPより)

 チームが最下位争いからなかなか抜け出せなくても、2年連続トリプルスリーとは思えないような打撃不振が続いていても、それでもやはりファンはバッターボックスに立つ背番号「1」の姿を祈るように見つめる。

 山田哲人(24)。2015年ヤクルトのリーグ優勝の立役者は間違いなく山田だ。打率.329、38本塁打、34盗塁でプロ野球史上9人目のトリプルスリー(3割、30本塁打、30盗塁)を達成、同時に100打点をマークし、65年ぶり史上3人目「トリプルスリー&100打点達成」という偉業を成し遂げた。その勢いは2016年も衰えず、打率.304、38本塁打、30盗塁で、史上初となる2年連続トリプルスリーを達成した。

 しかし今シーズンは、5月1日現時点で、打率は3割どころか2割を下回り、本塁打も2本と絶不調。25日の中日戦では14試合ぶりにマルチ安打を打つも、以降5試合連続ノーヒットで、快音から遠ざかっている。

 プロ入り7年目。重圧や疲れもあるだろう。しかしそうも言っていられない。昨シーズン、背番号を「23」から「1」に変更し、彼の背中に背負うものはますます大きくなっている。ヤクルトにとって「1」は非常に意味のある番号だからだ。(以下『神は背番号に宿る』(佐々木健一・著)より抜粋、引用)

■背番号「1」が背負うもの

 かつて“小さな大打者”と呼ばれた若松勉。19年間ヤクルト一筋でチームを牽引し、42歳で現役を退いた。その若松が付けていた背番号が「1」だった。その功績をたたえ、引退後にはファンの間で「1」を永久欠番にという署名運動まで行われたが、その背番号を「ください」と自ら志願し、引き継いだのが、池山隆寛であった。当時のことを池山はこのように振り返る。

「若松さんの数字と実績が物語っているように、ヤクルトの『1』はチームの顔がつけるという認識があった」

 池山が「1」をつけた年からヤクルトは黄金時代を迎える。智将・野村克也監督の下でデータ重視の「ID野球」を実践し、4度のリーグ制覇、3度の日本一を達成。その常勝軍団の顔、背番号「1」として池山は長くチームを支えた。

 その後、ヤクルトの「1」は、岩村明憲、青木宣親へと継承される。池山はこう続ける。「『1』を継いだ選手は、その数字の重みと責任感を背負ってプレーしてくれていると思います」

 かつて「彼が打てばチームが勝つ」とまで言わしめた山田哲人。今シーズンはまだ序盤。前人未到の3年連続トリプルスリー、そしてなによりチームの勝利を、ファンは背番号「1」に託している。

デイリー新潮編集部

  • 2017年5月1日 掲載
  • ※この記事の内容は掲載当時のものです

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