感涙、亡き妻からの「待っている」が生きる支えに 震災6年後、遺族の今

社会2017年3月16日掲載

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岩手県陸前高田市の海岸を望む(写真・新潮社)

 2011年3月11日に発生した東日本大震災。
 その死者・行方不明者は、1万8000人以上に及んだ。

 あれから6年。
 未曾有の大震災で突然大切な人を失った人々の心を、絶望の淵から救ったのは何だったのか。そこには、これまで語られることがなかった数々の「不思議な体験」があったのだと、ノンフィション作家の奥野修司氏は言う。奥野氏が出会ったAさんの例はこうだ。

 Aさんは妻と2歳にもみたない次女を失った。
 2人が発見されたのは、津波から2週間経ったころだった。
「2週間もあの冷たい中に晒されていたのかと思うと、しばらく風呂には入れませんでした。自分だけ温かいお風呂につかるなんて、妻や娘に、ほんとに申し訳ないと思ったのです」

 Aさんの家の仏壇には大小2つの骨壺が並んでいる。
 子供を失った遺族には、冷たい墓の下に置きたくないと、納骨をしていない人も多いという。
「納骨しないと成仏しないと言われますが、成仏してどっかに行っちゃうんだったら、成仏しない方がいい。そばにいて、いつも出て来てほしいんです」

「そばにいて」ほしいと骨壺は仏壇に

 Aさんに不思議な出来事があったのは、2人を火葬することができた日の夜だった。
「夜中に目が醒めると目の前に二人がいたんです。ああ、妻と娘が逢いに来てくれたんだと、泣いて手を伸ばしたら目が醒めるんです」
 Aさんは、愛する肉親を2人同時に失い絶望のどん底にいた。
「私にとって何が希望かといえば、自分が死んだときに妻や娘に逢えるということだけです。それには魂があってほしい。暗闇の向こうに光があるとすれば、魂があってこそ逢えると思うのです。それがなかったら、何を目標に生きていけばいいのですか」

 Aさんのこれからの生きる希望は、自身が死んだときに2人に逢えることだというのだ。

亡き妻と次女があらわれて……

 亡くなった妻と婚約指輪を交わした結納の日の晩にも、夢の中に妻があらわれたのだという。
「いるかいないかわからないような真っ暗な中で、ぼんやりと輪郭だけが見えていました。そしてはっきりとひと言、『戻りたい』と私に言ったのです」
 Aさんにとって夢は、生きていく糧となっていった。
「触れ合うことも会話をすることもできないけど、夢の中だけが震災前と同じ気分に戻れるんです」
「愛する人がいない世界は想像を絶する地獄です」とAさんは言う。
 そんなAさんを慰めるかのように、妻と娘は夢にあらわれ、そして声をかける──。
 そしてある日、妻はAさんにこう告げた。
「待っている」

「『待っている』というのは、私にとっては究極の希望です。
 みなさんの言う希望は、この世の希望ですよね。私の希望は、自分が死んだときに最愛の妻と娘に逢えることなんです」
 Aさんは続ける。

「死んだ先でも私を待っていてくれるという妻の言葉こそ、私には本当の希望なんです。いつか再会できるんだという一縷の希望が持てたからこそ生きてこれたのだと思います」

 大宅賞受賞作などがあるノンフィション作家の奥野修司氏は、被災地に何度も足を運び、Aさんのような体験に耳を傾け続け、遺族たちの奇跡と再生の記録を『『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』という1冊の本にまとめた。

 あれから6年──。
 大切な人を亡くした人たちの心の復興は、これからも時間をかけて
 ゆっくりとゆっくりと進んでいく。