痛みや病苦に耐えられない。いっそ…(52歳女性)――教えて!寂聴先生「神も仏もあるものか?」

老いも病も受け入れよう~瀬戸内寂聴先生 お悩み相談~2016年6月9日掲載

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御年94歳! 作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん

 作家で僧侶である瀬戸内寂聴さんのもとには、毎日たくさんの悩み相談が寄せられます。寂聴さんが94歳で行きついた境地を語ったエッセイ『老いも病も受け入れよう』刊行を記念し、寂聴さんに届けられた相談のいくつかにお答えを頂きました。

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【痛みや病苦に耐えられない。先生はどうやって乗り切りましたか?】

 ガン闘病中です。治るため、と分かってはいても、抗がん剤の副作用が苦しくて、これ以上耐えられそうにありません。夫や娘は一生懸命励ましてくれるのに、いっそ死んだ方が楽なんじゃないかと思うことさえあるのです。寂聴さんも大病をなさっていますが、どうやって乗り切ったのですか。(52歳女性)

●「神も仏もあるものか?」

 痛みが取れなかったとき、何もしなくても、何をしても痛くて痛くて、横になっても立っても、座っても寝てもとにかくジンジンと痛い。あまりに痛くて、声を上げて泣くこともありました。

 黒柳徹子さんがお見舞いの優しいお電話を下さった時には、つい、

「腰が痛いの。ブロック注射を何度しても効かないし、ずーっと痛くてつらいのよ。もう神も仏もないって感じ」

 と言ってしまったんです。徹子さんが驚いて、

「そんなこと仰っていいんですか?」

 と言ったけど、

「もういいのよ」なんてやけっぱちな罰当たりなことを言いました。

 万一、病が治って、法話を再開できる時は、「みなさん、神も仏もありませんよ!」と言ってやろうと、本気で思っていました。

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 とにかく何もできなくて、「痛い、痛い」ばかり言って、新聞と本は少しは読めるものの、書くことは一切できない。手も痺れたようになって、指は曲がってしまい、ペンを持つこともできなかった。何も生産できないでただ生きるということは、私にとってこんなにつらくて、意味がないことかと、つくづく思い知らされました。

 この病気で死ぬとは何故か思わないけれど、もしかしたらこのまま歩けなくなるんじゃないか、寝たきりになるんじゃないかと繰り返し考え込んでいました。これが長引くなら死んだ方がまし、と思う日もありました。

 何週間もじーっと動かないままで、考えてもどうしようもない同じことを繰り返し考えて、だんだん気持ちが沈み込み、おかしくなりそうでした。

 そのうち、「あ、これは鬱になっている」と気がつきました。

 私は根っから陽気な性分なのに、それでも鬱のようになってしまった。

「もう死んだ方がまし」などと毎日毎日、考えるようになって、自分が鬱状態になっているとわかってから、ここで負けたらいけない、と思ったのです。

 鬱に負けたら、病気がもっと重くなるとわかっていました。

 とにかくなるべく楽しいことを考えて、笑うように努力しました。

 気持ちを紛らすために、無理矢理、本を読むことに集中しました。自分が書いた昔の新聞小説などを読んだら、内容をすっかり忘れていて、次はどうなるのかなど、まるで人の小説のようにわくわくできるし、他の作家の書いた良い小説を読んだら「ああ、負けちゃいられない」と闘争心がわき上がってきました。

 私は小説が好きだから本を読んだけれど、音楽が好きな人は音楽を聴いたり、映画が好きな人はDVDを見たり、好きなこと、楽しいことを思い出してそれをやるようにしましょう。

 やはり人の世話になって自分では何もできないのでは、生きていても面白くないですから、何とかしなければという前向きの気持ちも出てきました。

●般若心経を書いてみた

 あまりの痛みにものを考えることもできず、本を読むこともできず、痛いけど退屈なので、おなかに指で般若心経を一語一語書いていたんです。仏さまにすがるというより、少しでもよくなればという気持ちからやっていたんでしょう。

「摩訶般若波羅蜜多」と書いてみると、その時は神経がそちらに行くので、いくらか楽になりました。こんなふうにお経に救われることもありました。だけどそれは自分のためだから効かないんです。祈りは、やはり人のために願った時に効くんですよ。私の般若心経はいま考えると退屈しのぎだったのでしょう。

 それでも、写経というのはこんなふうにやっても罰は当たらないとわかりました。

 こうやって書いていれば、お経もよく覚えられるし、漢字も覚えるし、頭にもいいんじゃないかしら。

 法話の相談などでよく聞いていたけれど、今回初めて本当に病気のつらさがわかりました。人は自分がその立場になってみないと、その痛みはわかりません。心の痛みも身体の痛みも。

 私は作家ですから、人より想像力があると自認していましたが、このたびばかりは、とんでもない思い上がりだったと実感しました。寝たきりの人のつらさ、苦しみは、健康で丈夫な人の想像をはるかに超えたものでした。病気になって初めて、病気の方のつらさ、苦しみがわかるようになりました。

 あなたも今はとてもお辛いでしょうけれど、どんな痛みも苦しみも、同じ状態は続きません。必ず治ると信じましょう。

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『老いも病も受け入れよう』は老いや病についてだけでなく、愛すること、別れること、生きること、そして死を迎えることすべてについて寂聴さんが94歳で行き着いた「すべてを受け入れよう」という境地が語られています。近年脊椎の圧迫骨折やガンの摘出手術などの闘病を乗り越え、これまで考えてきたこととはまた違った心境に至った寂聴さん。同書はこれまでの寂聴ファンも寂聴さんの言葉に触れたことのない人も、新鮮な気持ちで読める一冊です。

デイリー新潮編集部