村上春樹がついに伝説のビート詩人に挑んだ これは“事件”だ

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 村上春樹氏が「ビート・ジェネレーション」を代表する伝説の詩人アレン・ギンズバーグ(1926年~1997年)の詩を翻訳し、文芸誌「新潮」に掲載され「これは文学的な事件だ」と大きな話題になっている。

 世界に大きな影響を与えた詩人と村上春樹氏の組み合わせだけでも充分に“事件”だが、今回の翻訳プロジェクトが実現した背景には、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に選ばれたパティ・スミスと現代音楽の巨匠フィリップ・グラスがかかわっているというのだ。

■そもそも、アレン・ギンズバーグとは何者か?

「ビート・ジェネレーション」とは1950年代からの約10年間、アメリカのみならず、世界的なアンダーグラウンド文化に多大な影響を与えた文学運動。

 その代表が詩集『吠える』のアレン・ギンズバーグ、小説『オン・ザ・ロード』のジャック・ケルアック、小説『裸のランチ』のウィリアム・バロウズ、この三人だ。

 彼らの作品のみならず、同性愛やドラッグを謳歌したライフスタイルは、当時のヒッピー世代から熱狂的な支持を受けた。

 最近では、ギンズバーグの学生時代を描いた映画『キル・ユア・ダーリン』(2013年)で、『ハリー・ポッター』シリーズ主演のダニエル・ラドクリフがギンズバーグ役を好演したことをご存知の方も多いだろう。ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ジョニー・デップなど、ギンズバーグの信奉者は枚挙に暇がない。

■「伝説的詩人」と「パンクの女王」の出会い

 今回、ギンズバーグの名作5篇を村上春樹氏(3篇)と柴田元幸氏(2篇)が翻訳し、文芸誌「新潮」6月号(5月7日発売)に掲載されることとなった。この“事件”に関わる最大のキーパーソンがシンガーのパティ・スミスだ。

 2007年に「ロックの殿堂」入りし、パンクの女王と言われる彼女は、なんとギンズバーグとニューヨークの自動販売機食堂で出会ったという。

「サンドイッチを買う金が足りなくて困っていたスミスにギンズバーグは十セントを出してくれた上にコーヒーまでおごってくれた。長いコートを着たパティを、ゲイであるアレンは美しい少年と思ったのである」(柴田元幸氏の訳者解説より)。

■村上春樹の熱狂的なファンだった

 そのパティ・スミスが実は村上春樹氏の熱狂的な愛読者で、村上氏の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』英語版刊行の際には、ニューヨーク・タイムズに書評を寄稿し、大きな話題を呼んだ。ギターケースに本を入れて持ち歩くほどの村上作品のファンとしても知られる。

 そして、もうひとりのキー・パーソン、フィリップ・グラスはニューヨークでタクシー運転手をしながら作曲を続け、革新的なオペラ作品『浜辺のアインシュタイン』で大成功を収めた。彼もまた、ギンズバーグとニューヨークの書店で出会ったことを契機に、共同活動を始めたのだった。

■日本公演は村上・柴田訳で楽しめる

 そして、共通の友人ギンズバーグが死去した後、パティ・スミスとフィリップ・グラスが朗読と演奏のユニットでギンズバーグに捧げる世界ツアーをおこなった。

 その公演「THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ」が、今回ついに日本上陸する(6月4日)。その際に、パティ・スミスが朗読するギンズバーグとスミス自身の詩の上演字幕の翻訳が、村上春樹氏と柴田元幸氏に依頼されたわけだ。パティ・スミスからの熱烈なオファーによって。

■村上春樹は「『吠える』への脚注」も担当

 村上春樹氏の翻訳といえば、1920年代から1930年代の「ロスト・ジェネレーション」に属するF・スコット・フィッツジェラルドの名訳が有名だが、実は村上氏は「ビート・ジェネレーション」の代表格としてギンズバーグと並ぶジャック・ケルアックを自らの小説中に大きくフィーチャーしている。『スプートニクの恋人』のヒロイン「すみれ」は、ケルアックの『オン・ザ・ロード』『ロンサム・トラヴェラー』を愛読していたことをご記憶の読者も多いだろう。

 その村上春樹氏の訳した詩3篇のなかのひとつ「『吠える』への脚注」はギンズバーグの代表作「吠える」の姉妹編ともいえる有名作だ。「聖なるかな!」のフレーズがまるで音楽のビートのように幾度もリフレインされる名詩を村上春樹氏はどう解釈し翻訳するかに注目が集まっている。

 村上春樹氏と柴田元幸氏はアメリカ文学翻訳の名パートナーとして知られ、最近も「村上柴田翻訳堂」として一挙に10作品の新訳・復刊を始めたことで話題を呼んだが、今回の「アレン・ギンズバーグ、五篇の詩」の翻訳は、ギンズバーグの神話性、世界最高峰の音楽家とのコラボレーションもあいまって、まさに“事件”となることだろう。

デイリー新潮編集部

2016年5月7日掲載

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