第五回 “強さ”の意味を教えてくれた、ニーチェの「自己中心力」

ラッキィ池田の天才ウォッチ!―成功のヒミツは「子供力」―

  • 共有
  • ブックマーク

第五回 “強さ”の意味を教えてくれた、ニーチェの「自己中心力」

自由で無邪気なエネルギーに溢れる「子供力」。これって、「自己中心的」ってことですよね? よく「自分勝手ではいけません」と教えられるけれど、どう折り合いをつければいいの? そんな悩みに答えをくれたのは、哲学者ニーチェの思想、そしてなんと「プロレス」でした。

●「子供力」は「自己中心性」のこと!?

「子供力」とは、子供のように自由で無邪気な、宇宙の第一運動のような力のことだとこの連載の第一回で述べました。実際に僕のダンスで踊る子供たちは、本当に楽しそうにデタラメに踊ります! その笑顔はエネルギーに満ち溢れていて、見ているだけで力が湧いてくるものです。

 みなさんの中にも必ずある「子供力」を大いに活用して、日常を輝くものにして欲しいと願っています。

 例えば会議の場で、いいアイデアを思いついたのに、ついつい周りの空気を気にするあまり、意見を言わなかったりはしていないでしょうか? 「子供力」とは、子供たちの勝手な行動を見てもわかるように「自己中心性」でもありますから、手を挙げて意見を言う瞬間は「自分が主役」であって構わないのです。当然、否定されることもあるでしょうが、それこそが会議の意義なので、否定されることを恐れずに意見を戦わせながら、誰も見ていない未来の扉をパァ~ンとこじ開けましょう!

 特にこの「自己中心性」は、スポーツにおいては欠かせない要素です。

 もちろん、団体競技ではチームワークも大事なのですが、それぞれの「自己中心性」がある上での「和」でなければ、よりいっそうの高いレベルに到達することができないのは自明の事ですよね。

 みなさんもご存知のアルゼンチンのストライカー、メッシの「自己中心性」たるや凄いもので、あるとき仲間とテレビゲームでサッカーの試合をしていて、メッシが負けてしまったとき、なんと彼はゲーム機をテレビから引っこ抜いて、そのまま窓の外に放り投げてしまったそうです! たとえゲームであろうと負けを許さない「自己中心性」があってこそ、ファンタスティックなゴールで世界中のサッカーファンを魅了するメッシなのですね!

●「自己中心性」は「突破力」にもなる

 メッシといえば、こんなエピソードもあります。ある、育毛剤で有名な会社の会長が、スペインのリーガ・エスパニョーラの年間シートを持っているくらいサッカーが大好きで、どうしてもメッシに自社のCMに出てもらいたいと考えた。そこで彼は、クラブチームを通すと莫大な契約料がかかると思い、なんとメッシの家族と仲良くなって、メッシを試合がないときにCMの撮影所に連れてきてもらうように交渉したんです。しかもこの会長さん、広告代理店を通さず、たまたまサウナで隣同士になったテリー伊藤さんにこのCMの制作プロデューサーをお願いした、というくらい、やりたいことにまっしぐらな方なんです。

 テリー伊藤さんに頼まれた町田さんというCMディレクターは、スペインのスタジオへ飛び、いつ来るか分からないメッシを、常にカメラマンや他のクルーのスタンバイをしながら待つこと1週間。やって来ましたわがままメッシ! しかも、撮影は30分で終わらせてくれという最悪な条件付き! それでも町田さんは(彼も天才ディレクターなので)、そのありえない短時間の中で、メッシの顔中を洗顔石鹸の泡で覆い、彼が顔をこするのに合わせて可愛い声で「メッシ、メッシ」というナレーションがつくというキャッチーなCMを撮ったのでした!

 日本に帰って出来上がった映像をテリーさんに見せると、テリーさんは

「ガッハハハ! なんだこれ! 面白いなぁ~~~! うんっ??? でも、これメッシってわかるかな?」

 町田さんは「もう撮り直しできませんよぉ~~~~~!」と泣いたそうです!

 僕がなぜこの話を詳しく知っているかといえば、この時のCMがあまりにも好評だったので、第2弾でブラジルのストライカー、ネイマール編を作ろう!ということになり、今度はラッキィ池田の怪しいダンスをネイマールに踊らせようという企画になったからです。

 これももちろん、ネイマールが踊ってくれる保証はなにもないゲリラ企画。ネイマールをノリノリにさせようと、コミュニケーションの取れるスペイン人のダンスティーチャーも用意して万全の態勢で臨んだ撮影でしたが、ネイマールにはメディア向けのマネージャーがいて「このダンスはネイマールの商品価値を下げる!」とある意味正しい(笑)判断をしたので、踊るのは怪しいスペイン人ダンサーだけになってしまいました。それでも十分インパクトのあるCMになりましたよ!

 ネットを中心に流れるこの会社のCMは、会長の「サッカーが好き!」という情熱が、これまた好きなものをトコトン追求する「子供力」の親玉ともいえるテリー伊藤さんに飛び火し、遊び心満載の映像となってネットで配信され、それがたちまちユーザーに伝わってワンクリックで商品の販売に結びつく! というものすごい威力を発揮したのです。

 やはり、ベンチャー企業を立ち上げる人の「これがしたい!」という「自己中心性」は、気持ちがいいほどストレートですね。

●ニーチェが教えてくれた、「自己中心性」と「道徳」の関係

 もちろん、「ゲームに負けたら、ゲーム機を窓から放り投げる!」なんて行動は社会の道徳からすると大いに問題がありますが、人間が持つこの「自己中心性」の本能を肯定して前に進んでいかないと、メッシのプレイのような、世界中を魅了して止まないファンタスティックな瞬間は消えてしまうのだと思います。日本のサッカーにおいて得点力、決定力が云々言われるのは、「自己中心性」があたかも「悪」であるというような社会の風潮にも原因があるのではないかと僕は思っています。

 僕の属する「芸能界」にも「モラル」が問われるようになって久しいですが、あまりにも厳しい規制は「芸能界」そのものをつまらなくしてしまうのではないでしょうか。永六輔さんの著書に、こんな言葉があります。「人間であるまえに、芸人であってほしい」。おっしゃる通りです!

 僕は30代の初めのころ、自分の「自己中心性」といわゆる「一般性」の間でとても悩んだ時期がありました。CMの仕事では毎回必ず「みんなが踊れて大流行するものをお願いします!」と注文され、なのにトガった部分は修正され、加えて親戚や同級生からは「頭の上のジョウロはみっともないから、もうやめたほうがいいんじゃないの?」とか言われたり、挙げ句の果てには結婚生活でもつまずいて……。

「なんで義務教育でこういう時のための対処の方法を教えてくれなかったのか!」と、まさしく芸能界の荒波に飲み込まれそうになった時、たまたま手にしたのが哲学書だったのです。

 きっかけは至ってシンプル。本当は藁にもすがる思いで、いわゆる「人生に迷った時の本」を探しに行ったのですが、そういう本が並んでいるコーナーには人がたくさんいて、じっくり本を選べなかったんですね。「えっ? ラッキィ池田が自己啓発本を探しているぞ!」って知られたくなくて(笑)。で、あまり人がいない哲学書のコーナーに逃げ込んで、お客さんがいなくなったら本を選ぼうと、ポーズで哲学書を手に取って見ていたら、「あれっ? 僕の探していた本はこれかもしれない!」っていう本があったんです! それがニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』でした。

 まず冒頭に、「だれにも読めるが、だれにも読めない書」と書いてあります! なんだこれ? そして中身は……まるでモハメド・アリがフォアマンとの試合の前に喋っていた「俺は密林の王者だというターザンを倒し、その後はワニと大格闘し、稲妻に手錠をかけ、雷を牢にぶち込んだ。俺は岩を殺し、石を傷つけレンガを入院させた! 俺は水を溺れさせ、枯れ木をも殺す! フォアマンは死の代償を払うであろう!」という台詞のような、ルー大柴さんの上の上をいく訳のわからない言葉の連続。それなのになぜか、とにかく惹かれる文章なんです。どうしてもこの本を、そしてニーチェを理解したくて、竹田青嗣さんの『ニーチェ入門』という本を参考書にしながらニーチェを読みました!

 すっかり世界が変わりました。

 ちなみに、僕が早稲田大学のすぐ近くに越してきたとき、たまたま入ったお好み焼き屋さんが竹田教授のゼミの生徒さんたちとのたまり場だったのにはビックリしました。そこで竹田教授に、まるで命の恩人に言うように「先生の『ニーチェ入門』があって今の僕がいます!」とお礼を言いました。その後、先生からヘーゲルやフッサール、いろいろな哲学書が送られてきましたが、やはり今でも変わらず、僕のバイブルはニーチェです!

 ニーチェが時を超えて教えてくれたことは、「人間というものはだれでも自分のことをまず第一に考えるのが自然なことであり、人間の持つ欲望は、それによって様々な苦悩ももたらすが、それでもその欲望以外に人間の『生』の理由はありえない!」ということ。「人は何も欲さないよりは、いっそむしろ無を欲する」。そうか! 欲張りは悪いことではないんだ。それが人間なんだ。問題はそこから先なんだ!

 そしてこの考え方によって、僕は自分だけでなく他者にも優しくなれたのです。簡単に言いますと、例えばゴミ箱にちゃんとゴミを捨てるのは、「そうしないといけないから」ではなくて「それができる自分は『己に打ち克つ強い人間』になれて、格好いいから!」だと思うようになったんです。単純でしょ。すると、人のためでなく自分のためにやっていることが、結果的に、道徳的な行動になっているんですね。
 この「強い」思想にまっすぐまっすぐ向き合えたことが、今の僕のとても大きな財産になっています。

●子供の世界に「いじめ」はなくならない?

 ニーチェの唱える「力への意思」という考え方によると、人間は本来「性欲、陶酔、残酷」に象徴される「生命感情」を求めるといいます。

 つまり「子供力」も、「自由で無邪気な欲望」「勝利した時の喜び」の力に加えて「残酷性」を持ち合わせているのです。

 よって、結論からさきにいえば、「子供の世界に『いじめ』は確実にある」のですね。この世界に生まれてきた意味が「力への意思」なのだから、その成長真っ盛りの子供の社会に「いじめはありません」ということは奇跡に近いと思いませんか? あって当然のことを大人が「無いもの(存在していてはいけないもの)」と覆い隠すことで、「いじめ」はより陰湿になるのです。

 本当はニーチェの言うように、「『良いこと』は、力を持つ者が自分の持っている特性を『良いこと』と決める、その自己規定から生まれたのだから、その本質は『利他性』よりも『利己性』にあるのだ(『良いこと』は、自分のためにするのですよ)」ということを子供達にも教えてあげたいのですが、これはかなり危険な教育になってしまいかねないでしょう。

 でも、この問題にすごい答えを出し、体当たりで取り組んでいる人がいます。

 プロレスリングZERO1の大谷晋二郎選手です!

 きっかけは、あるショッピングモールで「プロレスでいじめ撲滅だ!」というポスターを目にしたことでした。「なんだろう?」と思い、そこに書いてあったプロレスリングZERO1の連絡先にすぐに電話をして、大谷さんに話を聞きに行きました。

 東京湾に近い芝浦の倉庫の2階にある、大きな練習場に足を踏み入れると、リングでは大勢の体格のいい選手たちが、汗まみれで、ドスン!ドスン! というけたたましい音を出して練習していました。声を掛けづらい緊迫した空気の中、プロレスリングZERO1の代表でもある大谷さんは僕を見つけると優しい眼差しになり、「やあ!ラッキィさん。来てくれてありがとうございます」と、倉庫の一角にある事務所に案内してくれました。

 そのあとは、大谷さんが「いじめ撲滅」に込める熱い思いを一気に話してくれました。

 「このキャンペーンを始めた当時は、ニュースで『子供がいじめを苦に自殺』というのが連日ありましてね。で、その中に『プロレスごっこをしていただけ』と、『プロレス』がいじめの原因にされていた記事を見つけましてね……。僕は悔しくて悔しくて、全国を興行で回った際に、『子供達に生でプロレスを見てもらって、僕らのメッセージを伝えることはできませんか?』と各地の学校にお願いに行ったんです。最初はもちろん、先生はじめ父兄の皆さんに猛反対をくらいまして……『子供にプロレスなんて見せていいんですか?』『叩いたり蹴ったりするものを見せたくありません!』という意見が圧倒的でね。でも、そこで僕は食い下がって、『ああだ、こうだ言う前に一度でいいから見てください! 言葉だけじゃ伝えられない、身体で伝えるメッセージのプロレスを続けているんですよ!』とお願いして、子供達にプロレスを見てもらうようになったんです」。

●“強さ”のイメージを変える「プロレスリングZERO1」

「プロレスは、スポーツですから勝ち負けがあります。勝たなきゃいけない! でも、僕は相手の攻撃から逃げたくないんです! 相手が蹴ってくる。僕は、それを胸で受けるんです! メチャクチャ痛くて吹っ飛ばされる! もっと来い、コノヤロー!って言う。また吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされたって、また起き上がればいいじゃないですか!

 いろんな人生に重ね合わせてみても、常に勝っている人って、たぶん、負けた時にもろいんですよ。子供達にいつも聞くんです。『強い人ってどんな人だと思う?』って。子供達はそれぞれに『ケンカの強い人』とか『人気のある人』『絶対に負けない人』……いろいろなことを言います。でも僕は『いいかい。本当に強い人は、何回倒されても何回でも起き上がってくる人なんだよ。だって、倒しても倒しても起き上がってくる人って怖くないかい?』って言うんです。ラッキィさん! 人間は誰だって挫折するんですよ。でも、また起き上がればいいんですよ。それを僕たちはプロレスの試合を通して見せたいんですよね。

 ある時ね、『君たちのために僕は逃げたくないんだよ!』ってリングで言ったら『ありがとう!』って言ってくれた子供がいましてね。僕は、その子には何かが伝わったと思うんですよ。中には『大谷! 立てぇぇぇぇ……!』って泣きながら応援してくれる子もいましてね……。

 僕はいつも言うんです。『いじめを止めなさい!なんて言うつもりはサラサラないから。今君たちは、一生懸命プロレスをした僕たちを、一生懸命に応援してくれたよね。それだけでいい!』ってね。一生懸命に何かをしている人を一生懸命に応援する。ごく当たり前のことですよね? でも、そのことを今の子供達に一番伝えたいんです!

 一生懸命にやっている人を一生懸命に応援する子供に、いじめなんてする子供はいないですよ! こんな時代だからこそ、プロレスでいじめ撲滅だ!と、僕は勝手に思っているんですよ!」

 話を聞きながら、僕は涙が出てきました。なんて素敵な活動なのだろう! なんて愛のある人なんだろう! って。

 人間の生きる意味が「力への意志」であるなら、「残酷」なことを創造してしまうのもごく当たり前のことです。例えば、ネットに心ない書き込みがあるのも、ごく自然の出来事なんですね。

 ですから、それを見ないふりして「無いこと」にしてしまうのではなく、残酷なことがあるということを受け止めた上で、立ち上がり、そんなつまらないことを考える余地のないほど、自分が夢中になれることをめいっぱいしてしまえば良い!のです。

 余談ですが、仮にニーチェが今の時代に生きていてツイッターやブログをやっていたら、たちまち大炎上でしょうね(笑)!

ラッキィ池田

1959年生まれ。『サタデー・ナイト・フィーバー』に影響を受けてディスコに通い始め、自己流でダンスを学ぶ。80年代半ばからダンサー・振付師の仕事を始め、日清食品カップヌードルCM等の斬新な振付けやバラエティ番組での奇抜なファッションがブレイク。以後、多数のCM、ヒット曲、テレビ番組等の振付けを行い、近年は『ようかい体操第一』やAKB48『心のプラカード』、「手裏剣戦隊ニンニンジャー」の振付けでも話題となる。子ども番組「いないいないばあっ!」「にほんごであそぼ」、NHK紅白歌合戦の振付けや吉本興業・東京NSCの講師も長年務めている。