「日航機」御巣鷹山墜落から30年 搭乗できなかった男達の後半生

社会週刊新潮 3000号記念別冊『黄金の昭和』探訪掲載

 昭和60年、「日航機」が御巣鷹山に墜落して520人が犠牲となった。その一方で搭乗を回避し、「死神」から間一髪で逃れた人々がいる。

 そのなかの1人に、ITジャーナリストの神田敏晶(53)もいた。羽田空港で墜落したJAL123便の空席待ちの列に並んでいた彼は、当時ワイン・マーケティング会社の社員だった。

「社会人になって初めてのボーナスをもらったので、少し奮発して飛行機で帰省しようと思ったんです」

 当時の新幹線は東京-新大阪間が1万2100円(自由席)なのに対し、飛行機は羽田-伊丹間1万5600円と3500円割高だった。

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