スウェーデンが「集団免疫」を獲得 現地医師が明かす成功の裏側

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 グローバルに多様性が求められる昨今でも、こと危機下においては、自分流を貫くのは難しい。周囲に足並みを揃えないと、日本の自粛警察が典型だが、圧力がかかる。しかも、圧力をかける側も付和雷同なだけで、根拠が薄弱な場合が多いからやっかいだ。

 それは国家レベルでも起きる。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、ヨーロッパの多くの国がロックダウンを導入した際、スウェーデンはそれを回避した。その独自路線は当初から物議をかもし、死者数が増えると失敗の烙印を押され、自国のノーベル財団や医師からも批判された。

 ところが、同国のカロリンスカ大学病院に勤務する宮川絢子医師は、

「スウェーデン当局は、集団免疫を達成しつつあるという見方を発表しています。最近、若者を中心に陽性者数は増加傾向にあるものの、重症者数や死者数の推移が落ち着いたままであることも、その状況証拠になっていると思います」

 と話す。そうであるなら非難されるどころか、フランスやスペイン、イギリスなどで感染が再燃するなかでも、泰然としていられよう。すなわち、問題児のはずのスウェーデンが勝者になったことになる。

 新型コロナウイルスに感染しての死者数は、たしかにスウェーデンでは、最近あまり増えていない。累計5899人で(10月15日現在)、ピークの4月には1日100人を超えた日も4回あったものの、8月はひと月で78人、9月は54人とかなり落ち着いており、9月下旬以降はゼロという日が目立っている。

 結果として、7月以降は国内の死者数全体が、例年とくらべてむしろ少ないほどだ。掲載の表は人口10万人あたりの死者数を週ごとに算出したものだが、9月第3週は13・9人と、ここ数年で最も少なくなっているのである。

 スウェーデンの人口は1035万人だから、6千人近い死者数は、絶対数として少ないとはいえない。しかし、人口4732万人のスペインにおける3万2千人、同6706万人のフランスにおける3万2千人、同6679万人のイギリスの4万2千人とくらべ、多いわけではない。しかも、ロックダウンを実施したこれらの国が、いま感染の再燃を受け、再度のロックダウンを検討し、部分的にはすでに導入していることを思えば、スウェーデンに分があるとしか言いようがあるまい。

 では、スウェーデンではどんな対策が講じられ、なにが起きたのか。いまも日ごとの感染者数に一喜一憂する日本とは、人々の意識をはじめ、どう異なるのか。それを辿ることで、このウイルスの性質も、われわれの向き合い方も、いっそう明瞭になるに違いない。

情報が隠されていない

 スウェーデンでは、感染のピーク時にも国民生活にほとんど制限を加えなかった、と誤解している人もいるが、そうではない。宮川医師が説明する。

「パンデミックが宣言された3月中旬以降、“50人以上の集会の禁止”が続いています。たとえば映画館は席を空け、50人以内になるようにして営業していますが、コンサートはほとんどが中止で、オペラなども開催されていません。文化系の職業に就く関係者のダメージは大きいです。10月1日から“500人以上”に緩和される予定でしたが、国内の感染拡大を受け、延期されました。また“高齢者施設への訪問”も、4月から禁止されていましたが、こちらは10月から解禁されています」

 集会の制限が象徴するように、スウェーデンの対策の肝はソーシャルディスタンスである。カフェやレストランは、営業を停止させられたり、自粛を求められたりせずにすんだが、

「レストランでも間隔を空けて座るという対策が、来年夏まで延長され、立食形式も禁じられたまま。症状があれば自宅待機、という対策も続いています。しかし、マスクはほとんどの人が着けていません。マスクを優先してソーシャルディスタンスをとらなくなれば、そのほうが問題だ、という考えによるものです」

 周辺国のように、だれもが家に閉じこもる期間こそなかったものの、

「3月から6月ごろまでは外への人出はすごく少なかった。7月に入って気候もよくなり、感染も収束してきて、夏休みは例年なら国外旅行する人が国内ですごしたので、国内は混雑しました。それに対しては、列車の座席が満席にならないように、予約時に配慮がなされたほかは、特に規制はありませんでした。いまは通常に近い状態と言っていいでしょう」

 スウェーデンの規制のあり方は、強制を伴うロックダウンは行わず、自粛要請にとどまった日本の対策と近い――。そう気づいた方も多いのではないか。もちろん、違いはある。

「日本と大きく違ったのは、学校を休校させたかどうか、です。スウェーデンでは子どもが教育を受ける権利が重視され、家庭環境に恵まれない子どもが登校できなくなることで起きる弊害が考慮されました。一斉休校になれば、医療従事者の1割が勤務できなくなるという試算もあり、高校や大学は遠隔授業になっても、保育園や小中学校は閉鎖されませんでした」

 ほかにも日本と似て非なる点が指摘できるが、それは、実は根源的な違いかもしれない。

「日本では“自粛警察”のようなものがあったと聞きます。スウェーデンでもごく初期には多少あったようですが、現時点ではまったくありません」

 これは国民の意識の差だが、背景には、当局の姿勢の違いがありそうだ。

「悪いデータもよいデータも公開され、情報が隠されていないことが、国民の安心につながっていると思います。死者数が増えているときでも、手を加えていない生データが毎日公開されます。陽性者数だけが問題になることはなく、PCR検査数が増加して陽性者数が増えたときは、“重症者と死者は減っているので問題ない”という説明が当局からありました。別のときには、“陽性者が増えたのは10代後半~40代で、リスクグループである高齢者の陽性者は減っているので問題ない”という説明もなされました。アンケートによれば、当局の対策は7割程度の国民に支持されています。死者数を見ず、陽性者数ばかり気にする国もあり、ノルウェーなども陽性者数が増えてかなり騒いでいて、そういう状況は日本にも見られます。死者数にフォーカスするスウェーデンとはだいぶ違います」

 状況を正しく把握できれば、自粛警察のような不毛な行動は防げるわけだ。

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