「霞ヶ関カンツリー」潰し 小池知事が得るもの都民が失うもの

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小池百合子都知事

 来る東京五輪。ゴルフ競技が行なわれる霞ヶ関カンツリー倶楽部は1929年に開場した国内屈指の名門コースだ。が、五輪憲章を錦の御旗にその会場を変更せんとする小池百合子都知事。果たして都民のためになるのか、ゴルフ評論家で作家の早瀬利之が検証する。

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 とにかくむし暑いゴルフ場である。

 度重なる熱波の襲来に国内屈指の名門コースも心なしか覇気が感じられず、辛うじてその体面を保っている、そんな印象だった。

 私は二〇一四年八月二十六日、埼玉県川越市の霞ヶ関カンツリー倶楽部にいた。一九二九年に開場し、その三年後に日本で初めて三十六ホールがレイアウトされた名門コースである。

 日本一暑い街を毎年のように競う熊谷市より内陸の盆地にある霞ヶ関CCではこの日、四十度近い猛暑を記録。そんななかで開かれた「日本ジュニアゴルフ選手権大会」において、子供たちはコース側から提供された氷入りのビニール袋を、甲子園のカチワリ氷よろしく頭に載せたり首にあてたりして歩き、戦っていた。

 観戦者は私も含め、日蔭を求めて松林の中を歩くからいいものの、選手たちは例のビニール袋を外してはショットし、また袋を載せるの繰り返し。その連続に倦(う)んだことだろうが、幸いなことに熱中症にかかる子供はいなかった。

「霞ヶ関がオリンピックのゴルフ会場に決まりました」

 日本ゴルフ協会(JGA)の役員が子供たちを前にこう明かしたのは、表彰式典の場においてだった。

 来る二〇年、主役は君たちだと言わんばかりの調子だったが、私は、

「え? こんなむし暑い所で? 八月だぞ!」

 と独りごち、ピーカンの空を見上げてしまった。

 会場の決定を下した国際ゴルフ連盟(IGF)の委員たちが、最終段階の視察プレーをしたのは一二年十一月十四日のことである。続いて、IOC(国際オリンピック委員会)の評価委員三人が視察したのは翌一三年三月五日。いずれもベストシーズンで、猛暑の八月ではない。かく言う私もここで何度かプレーはしたことがあるけれど、いずれも秋である。

 八月は気温が四十度を超える日が続くうえ、無風で湿度が高い。同倶楽部の会員たちは、絶対と言ってよい程、オフシーズンの夏はラウンドしない。軽井沢や那須、河口湖など涼しいセカンドコースを選ぶのだ。

 一日に四ラウンド・ハーフ、すなわち八十一ホールの記録をつくった田中角栄元首相も、夏の霞ヶ関CCだけは避けて軽井沢でラウンドした。こうしたことを知っていたのか否か。いずれにせよ、真夏の京都のど真ん中でゴルフをするようなもので、この地をオリンピック・ゴルフ会場に承認したIGF、IOC関係者にその点を質したい心境である。

 だからといって、差し当たって盛り上がりつつある「霞ヶ関CCでの開催への異議申し立て」に与(くみ)するつもりはさらさらない。

 申し立ての中身は、「霞ヶ関は遠くて、暑くて、施設整備に三十九億円かかる。江東区にある若洲ゴルフリンクス(以下GL)なら約十五億円ですむ」といったものである。わけても大きいのは東京都の小池百合子知事が、

「二一世紀に女性が正会員になれないということに違和感がある」

 などと会見で発言し、男女平等を謳う五輪憲章との齟齬を指摘したことだ。

 彼女の狙いについては後述するとして、簡単に経緯を振り返っておくと、昨年十二月、有志団体「日本ゴルフ改革会議」(議長・大宅映子)が、小池知事の主張にほぼ添うような内容の手紙をIOCに送付している。そして小池知事は今年一月中旬、IOC役員とこのことで話し合った際に「オー・ノー」、つまり、時代錯誤の典型と断じられたことを記者会見で明かした。

 二月二日、大会組織委員会は、女性の正会員を認めていない問題で「五輪にふさわしい形に改善するように」と同倶楽部に申し入れをしている。そのための定款変更を同倶楽部に促す内容だ。

 更に翌三日には、日本ゴルフ改革会議のメンバーが小池知事と会談。一二年七月に開催候補から除外された都所有の若洲GLへの会場変更を提案している。

■「どこにも差別はない」

 その一方で、予期せぬ攻撃を受けた恰好の霞ヶ関CC側は、二月七日に緊急理事会(十五人)を開いた。「女性の正会員と会則変更」の件をどうやって会員に説明するかが協議されたが、結論は持ち越し。今後は、理事会・会員総会で、会場使用を辞退するかどうかについて諮ることになる。

 もっとも会員の中には、

「なに言ってるんだ。このままでやってくれと言って来たからそうしているのに、今さらオリンピック憲章を持ち出してくるなんて話が違うじゃないか」

 と憤る者もいる。

 それもむべなるかな、霞ヶ関CCが会場に決まるまでには一一年七月から一年半に亘る選定期間があったし、①過去国際試合、JGAオープンなどメジャー大会の実績があること、②三十六ホール以上あること、③晴海から五十キロ以内、又は一時間の距離圏内、④一日のギャラリー二万人以上を収容可能、などといった基準が設けられていた。そもそも、最有力候補となった霞ヶ関の理事会は「協力」を約束した立場なのだ。

 現在、霞ヶ関CCの正会員数は約千二百五十名で男性のみ。その資格は、「週日会員として一年が経過した三十五歳以上の男性」と定められている。

 祝日を除く月曜から土曜にプレー可能な「週日会員」は約四百五十名で、うち女性会員は九十六。家族会員は全員女性で約百二十。合わせて約二百十五名だ。

 女性は、日・祝日はビジターフィーでプレーが可能。但し年約六十日ある日・祝日の半分は倶楽部内の試合があり、残り約三十日が使用可となる。要するに、一年のうち九割は、性別に関係なくラウンドできるわけで、五輪憲章で言うところの「差別」はみじんも感じられないのだ。

 海外に目を転じても、会員を男性に限定するケースは少なくなかった。そんななか、一二年に米国「オーガスタ・ナショナルGC」が女性二名を、一四年には聖地・スコットランドの「ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフクラブ」も女性会員の入会を認めるなど、“門戸開放”が続いている。とはいえ、これと霞ヶ関とを同列に論じるわけにはいかない。重ねて述べるが、土曜日もプレーできる週日会員制という恵まれた環境にあるからで、会員の声を拾うと、

「女性を大事にしている。どこにも差別はないですよ」

 というものが優勢である。

 さて、小池知事や大宅議長の口ぶりや行状から察すると、若洲に会場を移したがっているのは明らかだ。 

 都民の感情としては、経済効果が百億円相当、入場者だけのチケット及び食堂、プラザの売り上げ等で二十億円が見込まれる旨い話を他県に持って行かれたくないし、そこに訴える知事はなかなかしたたかだと思う。

 若洲についても私は何度かプレーしたことがある。八月は台風シーズンだが、風が吹くので選手は苦しむが、見る方は暑さに苦しむことはない。

 長所は何よりもアクセスがいいことで、新木場からバスで十分。ホテルも近くにある。大きなホテルを借り切ってしまえば、大会関係者、選手に対するセキュリティ費用は安くすむ。ギャラリーも八万から十万人が見込まれるから、先に触れた基準には及ばないものの、メリットのひとつに数えられよう。

 ただ、選手側からすればコースが六九〇六ヤードと短いのが難点。女子やアマチュアにはこれでいいが、男子プロからすればあと二〇%の長さと広さが必要だろう。

 練習場も長さ三〇〇ヤード以上、幅一五〇ヤードのものが求められており、それを実現するには近隣を埋め立てるほかない。クラブハウスと練習場までの距離については、トップ・プロの一人がこう話している。

「ダンロップフェニックスの場合、シャトルバスで約五分。これが参考になる」

 その他に必要なものは枚挙にいとまがなく、日本オープンの三倍のプレス・テント、プレス・テントの倍のテレビ・エリア、ロッカーや更衣室、スポンサー・テント、二ホール分のプラザ、大駐車場……。結局のところ、全英オープンやリオ五輪のゴルフ会場に匹敵する広さと設備が求められるのだ。

 十八、十七、十六、十、一番のギャラリー・スタンドも必須だ。リオでは一番スタンドに五百席、十八番グリーン・サイドに千二百席のスタンドを設けたが、最終日は二万人弱がやってきて大混乱を来した。

 私の見積りでは、若洲の改造と練習場の埋め立て工事などで少なくとも百億円かかると推定するが、先のトップ・プロは「二百億」と口にする。そうでもしなければ三方を海に囲まれたコースゆえに、ボールに当たって大ケガしたり、海に落ちたりしかねない。

 しかも男女である。三十六ホールでは男女分かれて一週間で終えられるが、十八ホールだと二週間。それとも男女をイン・アウトに分けるか、女子のあとに男子が続くのか。

■浮上した横浜CC

 五輪憲章を錦の御旗に、予算規模の縮小が可能だと甘言を弄し、自身が就任前に決められた事項をちゃぶ台返しするかのように振る舞う小池知事。どこかで見た光景だと思えば、そう、昨年末にボートとカヌー、そしてバレーボール会場の変更を企図した一件が脳裏をよぎる。

 あのときは、混乱収拾に乗り出したIOCのバッハ会長に抑え込まれ一敗地にまみれた。今回はいわばそのリベンジであり、小池劇場の続編なのか。どさくさに紛れる形で若洲移転が果たされれば、私がこれまで綴ってきたように、かえって時間とカネを大いに浪費することは免れない。

 五輪の当初予算が七千億円から三兆円に膨らんだと断じ、その検証を指示したのは他ならぬ小池知事だった。その口を拭って錦の御旗をかざすのは、都民ファーストの名が廃る行為ではあるまいか。

 ところで、ここへ来て急浮上している見方がある。それは霞ヶ関、若洲がダメなら選考過程で次点候補だった横浜CCはどうかというものだ。

 横浜CCは五輪利用を見込んで、三年前から二十九億円をかけて大改造した。設計はベン・クレンショーで、豪の名門「ロイヤル・メルボルンGC」を思わせるホールもある。

 都心から近く、東戸塚駅からシャトルバスで八分。女子用の東コースがあり、駐車場も広い。

 ただ、練習場はあるものの打席が少ないのが難点である。更に悪いことに、シャトルバスも都心からの車も横浜CC入口にある十五軒ものラブホテル村を通り抜けねばならないことだ。迂回路はなく、往復ともギラつく淫靡な看板や入口を避けては通れない。

 ラブホテル村について五輪憲章は触れてはいないけれど、その是非は問うまでもなかろう。

 諸事情に勘案して、カチワリ氷と日蔭を求め、真夏の京都のど真ん中、否、霞ヶ関CCで開催する、これが最善の選択だと私は考える。あとは風が吹いて、熱風を吹きとばしてくれるのを期待するほかない。

特別読物「『霞ヶ関カンツリー』潰しで 小池都知事が得るもの都民が失うもの――早瀬利之(作家・ゴルフ評論家)」より

早瀬利之(はやせ・としゆき)
昭和15年、長崎県生まれ。鹿児島大卒。雑誌記者、「アサヒゴルフ」編集長を経て、作家活動に専念。著書に『偉人たちのゴルフ』『石原寬爾 マッカーサーが一番恐れた日本人』などがある。

週刊新潮 2017年2月23日号掲載

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