エルメスがライバル視する創業500年の日本企業とは

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 エルメスのライバルは強いて挙げるならば虎屋だ――

 これは、エルメスのフランス本社副社長を長年務めた齋藤峰明さん(64歳)の言葉だ。とある雑誌のインタビューで「ライバル会社は?」と聞かれて、真面目に答えたら、そうなった。

 質問をした方は、「ルイ・ヴィトン」あたりを予想したのかもしれないが、エルメスの本質は「ルイ・ヴィトン」のような、国際的にさまざまな会社を買収しながらコングロマリットを目指す姿勢にはない。500年続いた「虎屋」のような「老舗」たる姿勢にこそ、目標はあるという――。

 この記事を読んだ、虎屋の黒川光博社長(73歳)の反応がおもしろい。

「どういうことだろう? お会いしてみなくては」。

 というわけで関係はスタートし、ふたりは、老舗企業の会合などで協力をしたり、パリや東京でそれぞれの会社を訪ねたり、と20年近く親交を続けている。相性がよい、といえばそれはそうなのだが、企業を体現する立場のふたりだ。それぞれの企業の共通項が、関係の背景にはありそうだ。

日本は老舗企業が多い

 その共通項の第一は、といえば歴史だろう。

 エルメスの創業は1837年なので創業は180年と、虎屋に比べれば「短い」ものの、立派な百年企業だ。ちなみに日本の百年企業は2万5000社ほど。創業200年を超える会社は3100強、虎屋のように創業500年を超える会社は40社ほどある。とはいえ、この傾向は世界の中でも特異で、創業200年を超える会社は世界でも5600弱、その半分以上を日本が占める。

 エルメスはこの「歴史」に加えて、規模が世界的だ。「エルメス・インターナショナル」の売り上げは6051億円(2015年度)、なにより知名度は抜群、日本でも、そして世界でもエルメスの名を知らない人はそういないだろう。そして、虎屋はといえば、室町時代後期に京都で創業し御所の御用を勤め、明治の東京遷都に伴い東京へも出店。国内に81店舗を構えての売り上げは、和菓子という業種では群を抜く、191億円(2015年度)だ。

 となると、2社の共通項は、この長い歴史の間に終始、顧客に「愛され続けて来た」ことと言える。

「老舗」である由縁

 長い歴史と、変わらぬ顧客の支持――「老舗」である由縁だ。虎屋とエルメスの強みである。つまり「ライバルはと聞かれれば」、売り上げというよりも、会社の目指す方向において、互いに恥ずかしいことはできない、そんな老舗の土俵にある「ライバル関係」なのだ。会社の土台をよく見ると、目指すべきは同業他社ではなくなるらしい。

 老舗頂上対談の断片にその答えを探してみよう。その最たる要素はといえば、当たり前のようでいてなかなか実践が難しいこと、「職人を大切にすること」。

齋藤 代々継いできた家業という点も共通しています。エルメスはエルメス家が代々継いできた会社で、現在のアクセルさんで6代目になります。虎屋さんは、黒川さんで17代目になられるとか。家業でも歴史は3倍くらい違うんです。

 ただ、恐らく家業というのは、続けていくことが前提としてあるわけで、自分の代だけ儲けて幸せになればいい、ということには絶対にならない。先代から引き継いできた財産を活かしながら、その時代その時代に合った事業を行い、次の代に引き継ぐことが、いわば生業(なりわい)になっているのです。

 そういう企業で働いていると、自分自身も含め、従業員全員が、「一家=ファミリー」のメンバーのようになっていく。ひとつのことを目指して、皆でやっているという感覚が自然とあるのです。企業と従業員のかかわりが近くて密ということですね。

黒川 「ひとつのことを目指し、一体感を持つ」という考え方自体、弊社と似ています。齋藤さんがおっしゃる生業とは、まさに、それを指していると感じました。

「歴史ある企業の中で、変えることと変えないことの判断をどのように下し、今にいたる道を築いてきたのか」という質問をよく受けるのですが、変えていいこと、いけないことを判断するのは、そんなに簡単ではありません。外の方は今までの軌跡をご覧になってそう質問されるのでしょうが、正直なところ、私にもわかりません。その時その時で真剣に検討して考えてきたものがあるわけで、その結果が継続につながってきただけのことです。

起業家が「老舗」に求めるもの

 意外なところから、2社への注目もある。こういった姿勢は、起業をする若手経営者の指針にもなるのだ。

 それは、東日本大震災後の気仙沼で、編み手の育成からはじめてセーターを制作、販売する「気仙沼ニッティング」の御手洗瑞子さんだ。経営がとらえる時間軸の長さを指摘する。

「虎屋もエルメスも、オーナー一族が経営者を継いでいく会社なので、経営者にとって次の代の社長とは、自分の親族や子どもです。そのため、彼らが会社を継いだときに困らないように、いつも次の代のことを考えながら経営しています。そうすると、短期的に利益を生んでも長期的には会社の価値を落としてしまうような施策は打たなくなる」(御手洗瑞子著『気仙沼ニッティング物語』より)

 また、御手洗さんが、齋藤峰明前エルメス副社長に、なぜ人気のバッグ「バーキン」をもっとつくって販売しないのかを尋ねたときの答えも秀逸だ。

「これ以上バーキンをつくろうと思ったら、そのために新しく職人を雇ってバーキン専業で作ってもらわなくてはいけない。彼らは他の商品はつくれず、バーキンしかつくれなくなる。そうすると、いつかバーキンの売れ行きが落ちたときどうなると思いますか? 彼らをレイオフ(解雇)しなくてはいけないでしょう。それでは職人を大切にしているとは言えません。エルメスはものづくりの会社で、それを支えているのは職人です。職人を大切にできなければ、必ず会社もだめになります」(同書より)

 会社を長く続けるための答えを知りたい人は、このふたりの言葉に耳を傾けてほしい。

デイリー新潮編集部

2017年1月13日掲載

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