トランプ現象に見る、人々の不満を再生産する「民主主義」というシステム

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ドナルド・トランプ

■民主主義が生み出した「トランプ現象」(2)

“まさか”ともいえる米大統領選でのドナルド・トランプ勝利について、京都大学名誉教授の佐伯啓思氏は、民主主義が招いた当然の現象だったと分析する。国際競争のなかで疲弊し、政府への鬱憤を溜める“普通の人々”の不満をかきたてれば、トランプのように票を集めることは不思議なことではない、というのだ。

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 この現象は海の向こうに限った話ではありません。

 1993年から翌年にかけて、小沢一郎氏が自民党を飛び出し、細川連立政権が誕生しました。小沢氏は自民党を攻撃して、「国民の意思を政治に反映させなければならない」「日本にきちんとした民主主義を根付かせなければいけない」と唱えた。ここから、政治改革、行政改革、経済構造改革と、改革路線に突入しました。

 しかし、改革はうまくいかない。バブルが崩壊し、経済が低迷していくとともに不満を持つ人が増えてくる。そして政治家が彼らのルサンチマン(恨みつらみ)を刺激し、「もっと改革しよう。悪いのは、今に至る体制を作ってきた既得権益層だ」として、喝采を浴びた。まるでトランプと同じです。橋下氏、そして小池百合子都知事も、この流れで捉えてみるとどうでしょうか。彼らは何も作り出してはいません。ただ、前の人のやったことは悪いと言っているだけなのではないでしょうか。それでもトランプ同様、人々の不満を汲(く)み取り、話のうまさとパフォーマンスで、選挙に勝ったのです。

 そして、民主主義は常に人々の不満を再生産するシステムなのです。民主主義には建前があります。それは、自分の思い、自分の1票で社会を動かすことができるというものです。日本では、選挙権が18歳に引き下げられたことにともない、「主権者教育」なるものが行われました。教育しなければ投票できない人に選挙権を与えること自体どうかという気もしますが、そこでは「君たちの1票が重要なんだ。それで世の中が変わるんだ」と教えられます。しかし、もちろんそんなことはありえません。

■揺り戻しか、「より過激なトランプ」か

 例えば、50人の学級があったとして、極端に言えばそのクラスには50通りの意見が存在します。ジャンケンか多数決で決めるか、あるいは利益配分するしかないわけですが、いずれにせよ、そこには必ず不満が生じます。「私の思いは80%実現した」「俺の意見は全く反映されなかった」といった具合に。にも拘(かかわ)らず、主権者教育では、投票に行くことによって、自分の意見が、さも100%通るかのように教えられる。

 一方で、自分の思い付きのような意見が通ってしまうのも恐ろしいことです。そのことに対する「畏(おそ)れ」も我々は持つべきでしょう。だいたい、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は本当に日本に良いことなのか、東京五輪の予算はどれくらいが適切なのか、誰に「正解」が分かるでしょうか。

 自分の意見は必ずしも、いやむしろ通らないと知っておく。そしてまた逆に自分の意見が通る怖さを自覚する。この「分別と謙虚さ」を我々自身が持ち、これを多少でも備えた政治家を選ぶことが大事なのです。ところが現状は、真逆になっています。なぜ真逆になってしまっているかと言えば、それこそが、民主主義のせいなのです。なぜなら、民主主義では、人々は主権者であるため、それは人々を無分別で傲慢にするからです。この民主主義の欺瞞を、私たちはしっかりと認識しなければならない。「民主主義の妄信」と決別しなければ始まりません。

 トランプ現象が象徴するように、主権者である有権者は、うまくいかないと一層不満を再生産していくばかりです。特にトランプ政権が期待外れだったとき、トランプ支持者の不満は一気に高まるでしょう。

 社民主義的な揺り戻しが起きるのか、あるいは「より過激なトランプ」を求めるのか。他人事ではありません。「より過激な橋下徹」が現れたときのことを想像してみれば、トランプ現象も「我が事」と捉えざるを得ないのではないでしょうか。

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 民主主義が生み出した「トランプ現象」(1)はこちら

特別読物「驚くことはない 民主主義が生み出した『トランプ現象』――佐伯啓思(京都大学名誉教授)」より

佐伯啓思(さえき・けいし)
1949年生まれ。社会思想家。東京大学経済学部卒。保守主義の立場から、経済や民主主義など、さまざまな社会事象を分析。近著に『反・民主主義論』(新潮新書)など著作多数。

週刊新潮 2016年11月24日号掲載

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