暴言で支持されるトランプ、ネガキャン頼りのヒラリー…嘆くべき「米国の低劣化」

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ドナルド・トランプ(70)

 共和党候補ドナルド・トランプ(70)の、女性への侮辱的な発言を収めた2005年の動画を公開したのは、10月8日付のワシントン・ポストだった。

 イベントに向かうバス車内での“Grab them by the pussy. You can do anything”といった発言が問題視されているが、録音を意図していない密室での会話の暴露であることから、「今回の発言はこれまでと次元が違うし、明確に区別しなければならない」と、日本文学者のロバート キャンベル氏は指摘する。

 その一方で、

「ワシントン・ポストはアメリカの新聞のなかでも特に民主党寄りの新聞ですから、今回のビデオの扱い方はまるっきり客観性を欠いています」

 こう指摘するのは、在米ジャーナリストの古森義久氏。ヒラリー自身の欠点が露呈しすぎるせいで、相手のネガティブ・キャンペーンを展開せざるを得なくなっていると言う。

「私用メール問題、『クリントン財団』献金者への便宜供与、リビアで米国大使が殺害された件における国務長官としての過失、自ら進めて来たはずのTPPへの異議申し立て、そして健康問題。とにかくヒラリーの弱点が次から次へと出てくるから、民主党も相手の欠点を批判することで応戦する他ないのです」

 ままごとみたいだと言うと子供にも失礼な、互いの心に爪を立てるような醜態が繰り返されている。

■暴言で支持される風潮

 両者は邸宅のプールでじゃれ合っている心境かもしれないが、その水路は世界の大海へ、つまり地球の平和と秩序維持へと繋がっている。世界の警察官をもってなる米国の大統領が、木仏金仏石仏では芳しくなかろう。とはいえ、分別がつかないのか、単なる狂気か、そのいずれにしても、こんな男が核のボタンを握る未来は悪夢に違いない。

〈イスラム教徒を入国させない〉

〈メキシコとの間に万里の長城を築く〉

〈ヒスパニックはレイプ魔〉

 などといったトランプの暴言について、40年に亘って大統領選を見てきた古森氏は、

「これまでのアメリカ国民は、もっと候補者の発言に厳しかったはずです」

 とし、こう述懐するのだ。

「1976年のカーター対フォードの選挙では、フォードの“ソ連は東欧を支配していない”というひと言で歴史認識の浅さがバレて負けました。次のカーター対レーガンのとき、今度はカーターが、“娘のエイミーも核兵器の管理が重要だと話していた”と言ってしまった。当時12歳の娘の物言いを政治に持ち込む非常識さが責められ、一気に人気が落ちました。これら歴代候補者の致命的とされた発言に比べ、トランプは1000倍はひどい。にもかかわらず、その暴言が逆に彼の支持を後押しするかのような風潮があること自体、アメリカという国が変わってしまった証拠で、残念に思います」

■「悲しむべきこと」

 トーマス・マンは、

「政治を軽蔑する者は軽蔑すべき政治しか持つことができない」

 と言っている。では政治の相場を下落させたのは誰か。古森氏のコメントは、そのことを深く考えさせるものだ。過去8度、大統領選を見てきた外交ジャーナリストの手嶋龍一氏も同様に、アメリカの変節と低劣化に警鐘を鳴らす。

「今回の所謂(いわゆる)『ゲス発言』によって、トランプが打撃を受け、クリントンが一歩ホワイトハウスへ近づく。このこと自体が重大な問題を孕んでいます。言い換えれば、こんなワイルドカード(ジョーカー)を切らなければクリントンが当選圏に近づけないのが悲しむべきことです。世界のリーダーたるアメリカの大統領を決める選挙だとは認められない、僕は一貫してそう指摘してきました」

 かの国には、「オクトーバー・サプライズ」という言葉が存在する。投開票1カ月前の10月に、選挙に大きな影響を与える出来事が決まって起こるからだ。ひとつ言えるのは、どんなサプライズがあっても、それは米国の病理と救いがたさを見せつけるものになるということだ。

特集「新聞は読ませてくれない『米大統領選』のスラング英会話 『トランプ発言』一言一句の対訳集」より

週刊新潮 2016年10月20日号掲載

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