50代から異変が…更年期うつと誤解されがちな「若年性認知症」 患者は4万人以上

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 才色兼備の女性言語学者が50歳で、若年性アルツハイマーと診断され、日々言葉を失っていく。昨年、主演のジュリアン・ムーアがアカデミー賞主演女優賞を受賞したアメリカ映画「アリスのままで」は、そんな内容だった。また、渡辺謙主演で2006年に公開された映画「明日の記憶」では、広告代理店に勤める49歳のやり手営業マンが若年性アルツハイマーと診断されてからの、苦難の日々が描かれていた。

若くして認知症を患う人も(イメージ)

 こうした事例には、はたしてリアリティがあるのか。世にも稀な奇病とタカをくくり、お涙を頂戴していればいいのだろうか。

「『明日の記憶』を見たときは、主人のケースは“まさにだ”と思いました。後で会社の方々から、取引先と約束して先方が待っているのに来なかった、などと聞かされ、渡辺謙演じる主人公の様子がまさに主人の様子だったんだな、って感じました」

 そう語るのは、若年認知症家族会「彩星の会」の小澤礼子代表。夫の博さん(仮名)は50代になってから、明らかに様子がおかしくなったという。

「製薬会社に勤めていた主人は、50歳のとき神戸から東京本社に転勤になったのですが、新宿の三井ビル内の本社の場所がわからなくなったみたいなんです。場所が確認できても、途中で迷ってしまう。私にも“直通のエレベーターがないんだ”“途中で降りて中階段を通らないと自分のフロアに行けない”などと言うので、そんなわけないのになあ、と思っていました。でも、当時は認知症だなんて夢にも思わなかった」

 だが、奇妙な様子は一般に、家庭よりも職場でこそ気づかれるのだそうだ。

「自分のメールボックスの場所もパソコンのパスワードもわからないなど、仕事に支障をきたすようになって、上司に“家でつらいことがあるのか”と聞かれたとか。家でも“あれ、どこへやった?”“今日は何日だ?”などと聞くことが増えました。でも、会社の保険組合の指示で脳神経外科で検査しても、原因ははっきりしない。終いに会社から“有給休暇を取りましょう、家でのんびりしてください”と言われ、その年の11月、54歳で依願退職せざるをえませんでした」

 アルツハイマーと診断されたのは、退社して3年も経ってから。その後の苦闘を、小澤さんが回想する。

「主人は会社を辞めても、困ったことがあれば会社から相談があるので自宅待機している、と思っていました。ですが、アルツハイマーは脳の損傷ですから、1年1年記憶は落ちて運動機能も衰え、ご飯を呑みこむことさえ忘れてしまいます。食卓でも自分の皿と人の皿の区別がつかなくなり、どうやって寝ていいかわからなくなり、さらに進むと、食事も排泄も風呂もわからなくなりました。生き地獄とはこういうことを言うんだなと。一番つらいのは本人ですが、世話をする家族も本当に大変です」

 こうして64歳で亡くなり、存命であれば今、71歳になる博さん。小澤さんは、

「今思えば主人は、47~48歳で発症していたのではないかと思います」

 と述懐するが、すると病名の特定に10年近くかかったわけで、その間、適切な治療ができずに進行が早まったのかもしれない。

 それは取りも直さず、早期発見が大切ということでもある。日本認知症学会の専門医で、おくむらmemoryクリニック院長の奥村歩氏は、

「アルツハイマー型認知症は発症が早いほど進みやすく、10年で寝たきりになると言われていました。しかし、今は専門医にかかって適切な治療を受ければ、寝たきりになるのを20年以上遅らせることができる」

 と話す。悲観する前に前向きになることだろう。

■4万人を超える患者数

 2006~08年に厚生労働省の研究班が行った調査によれば、若年性認知症の患者数の推計値は3万7700人。この調査に加わった東京医科歯科大学の認知症研究部門特任教授、朝田隆氏によれば、

「若年性認知症は、正確には18~44歳で発症する若年期認知症と、45~64歳で発症する初老期認知症に分かれ、私が診た中で一番若いのは36歳の小売業の男性でした。注文を受けても忘れてしまうといい、調べるとアルツハイマーでした」

 前出の奥村氏は、

「患者数は3万7700人よりはるかに多いはず」

 と言うから、4万人は優に超えるようだ。

「私が1年間に認知症と診断するのは約2000人で、そのうち150人は若年性です。65歳以下で発症する人は70~80代より明らかに少ないものの、珍しい病気ではありません。以前は精神疾患などと間違えられ、誤った治療がなされたり放置されたりしていましたが、きちんと診断できるようになりました」(同)

■若年性認知症の種類

 ところで、わざわざ「アルツハイマー型」と断っていることからもわかるように、「若年性認知症」にも種類がある。朝田氏は、

「私たちが06~08年に調査したときは、若年性認知症のうち、脳血管性認知症が39・8%、アルツハイマーが25・4%でした」

 と、こう説明する。

「脳血管性は遺伝性が強く、くも膜下出血など脳卒中になりやすい家系の方が、若くして脳血管が切れ、脳の細胞に酸素が送られなくなってしまう。アルツハイマーは遺伝性もありますが、原因がわからないものが7、8割というイメージです。このほか前頭葉や側頭葉が萎縮して起こる“前頭側頭型認知症”は、人格が変化したり反社会的な性格を帯びたりする。最後にレビー小体型認知症は、レビー小体という神経細胞に特殊なたんぱく質ができ、幻視を見たり大声で寝言を言ったりするようになります」

 だが、認知症の種類ごとの割合は変化していると、奥村氏が説く。

「その後の研究で、脳血管性認知症の場合、アルツハイマーなどを合併しているケースが多いことが明らかになってきた。結果、正確な数値こそ出ていませんが、今では若年性認知症ではアルツハイマー型と前頭側頭型が多いのです」

■早期発見が大事

 あらためて奥村氏に、認知症になるメカニズムの説明を請うてみる。

「脳の中に脳神経細胞の老廃物、つまり“脳のゴミ”であるアミロイドβやタウというたんぱく質が溜まるのが原因です。これらは神経細胞に対して毒性があり、アミロイドβがアルツハイマー型、タウが前頭側頭型を引き起こす。人間には本来、こうした“脳のゴミ”を掃除する力が備わっていますが、若年性認知症になる人は、その力が遺伝的もしくは体質的に不十分である場合が多い」

 いずれにせよ、若年性認知症は診断が難しいそうで、奥村氏が続けるには、

「私のクリニックに来るのは、発症して1年から1年半経っている方が多い。同じく脳機能が低下するうつ病と誤解されがちで、認知症で今までできたことができないと、不安を感じてうつ病を合併することもある。しかし、うつ病の治療をしても認知症には何の効果もなく、うつの治療を半年受けても改善が見られなければ、認知症を疑ってもいい。波があるうつに対し、認知症は確実に悪くなっていく。大抵の方は、私のところに受診に来る段階で、仕事はクビになっています」

 だから大事なのは、

「早期発見長期治療。抜本的に治療することはできませんが、薬を飲むなどして進行を緩やかにすれば、物事が完全にわからなくなる前に寿命を迎えられる。アルツハイマー型の治療に用いる薬はアリセプト、レミニール、リバスタッチ、メマンチンです」(同)

特集「更年期うつと誤診例あり! 患者4万人以上! 働き盛りの『若年性認知症』のチェックリスト」より

週刊新潮 2016年9月8日号掲載

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