〈生前退位 私の考え〉公務削減案にご反応なし――北村唯一(執刀医)

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 2003年、陛下が前立腺がんの手術のために東大病院に入院されていた時、当時の侍従長から、「陛下には公務を減らすよう言っているが、なかなか聞き入れてもらえない。医師の立場から陛下に言っていただけないか」という趣旨のお話がありました。そこで医師として陛下にお伝えしましたが、あまり反応はなかったと記憶しています。13年前からそう言われていたにもかかわらず、その後も公務が減る気配はありませんでした。

 82歳というご年齢を考えれば、記憶違いのようなことが起こってきても当然です。体の衰えと共に徐々に公務を減らすという意味においては、陛下が示されたご意向は良いことだと思います。ただし、退位というよりも、はたして名称がどうなるのか分かりませんが、あくまでも摂政のような形で、皇太子殿下に半分程度の公務を引き受けてもらうのが良いのではないでしょうか。

 現在、東大での主治医を務めているのは私の後任として教授をしている先生で、陛下のご様子については彼から聞いています。血液中のPSA値はほぼゼロに張り付いていますから、前立腺がんの再発という意味でのリスクはほとんどないと言えます。PSA値というのは、前立腺がんにおける腫瘍マーカーのことです。現在もホルモン療法に使用される「LH-RH」の注射は続けていますから、首が下がるなど、若干、骨粗しょう症が実年齢よりも進んでいる状況にはあります。

 一般的に、年齢を重ねると脊椎に、これは首だけではなく腰にもですが、圧迫骨折の恐れが出てきます。圧迫骨折が起これば、それこそ腰痛は大変なものになります。陛下の場合は年齢に加えて、「LH-RH」の注射の影響もあって、幾分陥りやすい状況にある。この注射の使用期間は一般的に10年を目途にしています。陛下の場合はすでに12年になりますから、再発可能性はないだろうと考え、中止を判断することもあるかもしれません。

 そういった注射の影響もさることながら、やはり公務の数は絶対に減らしたほうが良い。あの年齢でのあの激務。まして公務は海外にも及びます。仮に面会だけだとしても、5分前には侍従が「5分前となりました」と言いに来る。陛下はその時までに身なりを整え、気持ちの準備を済ませなければならない。こんなことが毎日のように続くのですから、気は休まらないでしょう。肉体面もそうですが、精神面での負担も相当に大きいはずなのです。

 かつての執刀医として、とにかく陛下には長生きしていただきたいと願っております。

「特集 天皇陛下『生前退位』 有識者4人に訊いた『私の考え』」より

北村唯一(きたむら・ただいち)
1947年生まれ。東大名誉教授。2003年、天皇陛下の前立腺がん摘出手術を執刀。

週刊新潮 2016年7月28日号掲載

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