【リオ五輪】本職は僧侶のカヌー五輪代表「矢澤一輝」 “スポンサーはおりません”

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 神主、出版社勤務、鉄道マン……。リオ五輪の日本代表には意外な肩書きを持つ選手が少なくない。その1人がカヌー・スラロームの矢澤一輝(27)だ。本職は古刹・長野県の善光寺で修行に励む僧侶で、厳しい修行の傍ら練習を重ね、晴れ舞台への切符を手にした異色の存在である。

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矢澤一輝インスタグラムより

「人生はカヌーでの選手生活を終えてからの方がはるかに長い。将来的に生活の糧を得て行く方法を考えたところ、子どもの頃からお世話になっていたご住職のようになりたいと思いました。それで僧侶になることに決めたのです」

 と言うのは、矢澤本人だ。彼は予選敗退した2008年の北京五輪に続き、日本選手として初めて9位に入った12年のロンドン五輪にも出場。出家はその翌年1月のことだった。

 善光寺は古来、その護持と運営を天台宗と浄土宗の2宗派が担っている。矢澤は約2カ月にわたる、天台宗の総本山である比叡山延暦寺での修行を経て、善光寺の大勧進(本坊)に住み込む「役僧」となった。

 役僧とは、簡単に言えば見習い僧侶のこと。主な仕事は善光寺の貫主、即ち住職の身の回りのお世話や、境内の掃除、宗務所での事務作業の手伝いという。

「普段は日の出の頃、だいたい5時、冬場は7時前に起床します。洗顔や食事などを済ませたら、袈裟をまとって仕事ですが、1日に5回の祈祷も行います」

 いまだに着付けや正座には慣れないそうだが、それより気になるのは食生活。確か天台宗では肉食や魚食は禁じられていたはず……。

「確かに教義上はダメですね。でも、現代では肉も魚も野菜も等しく命ある生き物と解釈されていて、何を食べるかは個々人に任されているんです。私は修行中は精進料理しか食べませんが、普段は栄養面を考えて何でも口にしていますよ」

 世界の一流選手が相手だけに、この点については誰も異論や異議は挟むまい。

■練習は修行の合間

 カヌー・スラロームでは、長さ約300メートルの激流コースに20ほどのゲートを設置して、その全てをくぐるタイムを競う。日本の競技人口は僅かに350人だそうで、国際レベルのスキルの維持には海外遠征が不可欠という。ところが矢澤は、

「ロンドン五輪までの3年間は地元の病院が支援してくれました。でも、いまはスポンサーはおりません。あくまでいまの私は僧侶であって、カヌーの練習は修行の合間にやらせて頂いている。ですから、ロンドン以降はほとんど海外に出ていないんです。とは言え、五輪に出場するからにはメダルを意識していますよ」

 長野県カヌー協会の会長で、矢澤の出家を取り持った善光寺寿量院の小山健英住職(69)が言う。

「カヌーは水の上に浮かぶスポーツですから、自然の偉大さ、強さを体で感じることができる。それは即ち、自然界における人間の弱さや小ささを認識することにもつながります。また、矢澤君の卓越した集中力は、競技者としてはもちろんですが、僧侶として修行を積んでいく上でも大きなプラスになるはずです」

 天台宗の開祖・伝教大師最澄は、「一隅を照らす此れ則ち国宝なり」と教えた。カヌーの世界で「一隅を照らす」矢澤に、御仏の御加護がありますように。

「特集 秘されたドラマ! 汗と涙の『日の丸』アスリート」より

週刊新潮 2016年8月4日号掲載

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