日本から海外大学へ進学するには? 専門塾も登場 社会人からビジネススクールに行く例も めざせ「米英名門大学」奮闘記(3)

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 教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏の筆による、米英の名門大学に通う人々の奮闘記。第2回で明らかになったのは、「名門」と呼ばれる大学に通うのは、お勉強だけのいわゆる“秀才”ではなく、最先端の科学や芸術にも才能を発揮する学生たちであるということ。今回は、そうした海外の大学に入学するための方法をご紹介する。

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ハーバード大学

 かつてハーバードで教鞭を執り、ベストティーチャーに選ばれたこともある開成中学・高校の柳沢幸雄校長は、こう語る。

「アメリカの大学の中でも、ハーバードとマサチューセッツ工科大には特に、競争心や積極性に富んだ学生が多い。アメリカ文化の経験がないと、まずはそのことに面食らうでしょう。リベラルアーツカレッジなどはその点、多少おっとりしている印象があります。最近では開成からも直接、アメリカの大学に進学する生徒が増えていますが、生徒から求められれば、一人一人の経歴を考慮して、進学先選択についてアドバイスしています」

 開成は2013年、生徒の海外進学を支援する「国際交流委員会」を発足、実践的英語教育などを行っている。アメリカのほかヨーロッパやアジアからも、各大学のOB、OGを招き、生徒や保護者と直接対話する合同説明会「カレッジフェア」は、今年で4回目。海外で活躍するOBの組織「グローバル開成会」による講演会も開催されている。何より、ハーバードの入試のしくみを知り尽くした人物が校長を務めるのだから、開成生は恵まれている。15年度には6名が海外の大学に進学した。

 アメリカのイェール大学に進学した経歴をもつ落語家の立川志の春さん(第2回参照)の母校・渋谷教育学園幕張高校(以下、渋幕)は、海外大学進学に積極的なことで知られる。14~16年の現役のべ合格数はなんと55。海外大学進路指導を担当する富田花子教諭に聞いた。

「アメリカの大学に出願するには、まずコモンアップと呼ばれる共通の出願書類一式が必要です。学校の成績証明書、SAT(アメリカの大学を受験するときに求められる学力評価テスト)やACTと呼ばれる学力テストのスコア、TOEFLのスコア、推薦状、エッセイなどです。大学によっては別途、面接などが課されます。渋幕にはデータが蓄積されていますから、過去の生徒の成績と合格率を見比べて志望校を決めることができます。第1志望から滑り止めまでで、1人あたり8~10校に出願するのが理想です」

 合格の決め手は何か。

「アメリカの大学入試はホーリスティック(全人格的)といわれます。学校の成績やSATのスコアが一定水準を満たしたうえで、最終的に合否を決めるのは『訴えかける何か』をもっているかどうかです」

■海外大学を選択肢のひとつに

イェール大学

 このように海外進学のノウハウが学校にあればいいが、そうでない場合はどうしたらいいか。先の高島さん(第1回参照)と後藤さん(第2回参照)は「留学フェローシップ」という団体に所属し、海外大学を選択肢のひとつとして日本全国に広める活動をしている。

「もっと海外の大学に関する情報が広まり、進学のハードルが下げられるといい。海外大学のほとんどは必要書類さえそろえれば、誰でもインターネットで気軽に出願できることを知ってもらいたい」(後藤さん)

 かつて自らもハーバードで学んだ小林亮介さんは、HLAB(エイチ・ラボ)という団体を創設し、海外の大学でのリベラルアーツ教育を日本の高校生に提供する活動を行っている。

「ハーバードでは寮生活を通じて、多様な学生同士から学ぶものが大きいと感じました。それで世界中の大学から学生を招き、寮生活を疑似体験する、泊まり込みのサマースクールプログラムを日本各地で実施しています」

 前出・高島さんも通ったハーバードをはじめ海外トップ大学への進学を支援する塾「Route H(ルートエイチ)」は、ベネッセグループ傘下の海外名門大学受験専門塾だ。進学情報の提供はもちろん、エッセイ指導、SATやTOEFL対策などを行う。ベネッセコーポレーション英語・グローバル事業開発部の藤井雅徳部長に聞いた。

「ハーバードやイェールなどアメリカの『アイビーリーグ』、イギリスの『オックスブリッジ(オックスフォードとケンブリッジ)』のようなトップ大学を目指すための塾です。定員15名のうち、10名くらいが高2以上です。週4日間、18~24時の間、教室が開いていて、生徒の好きな時間に好きなだけ予約してもらい、完全に1人1人にカスタマイズした指導を行います」

 さぞかし月謝が高いのだろうと思ったら、月額2万5000円だという。

「日本から海外のトップ大学に進学する先鞭をつけるため、利益は二の次で取り組んでいますが、得られたノウハウを別の事業で活かしています。お茶の水ゼミナールの海外大併願コースでは、もう少し難易度が低い海外大学への進学支援を行い、現在150名ほどが在籍。生徒数の多い学校トップ3は開成、桜蔭、筑駒です。通塾が難しい人にはグローバルラーニングセンターがあり、インターネット回線を通じて集団授業を受けられます。現在、200~300名の受講者の8割が実際に海外大学への進学を希望しています」

 さらに「ベネッセ海外留学センター」も、海外大学進学支援を行い、今年は約220名が海外の大学に進んだ。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどにも目を向ければ、海外大学という選択は、意外に身近だということだ。

名乗った経歴が大きすぎた……

■覚悟が必要

 ただし、海外の大学へ直接進学するには、卒業後の進路について事前の十分な検討が欠かせないと、開成中学・高校の柳沢幸雄校長は警告する。

「海外の大学で海外の様式を学んでも、それを求めない日本の企業に就職すると、企業文化になじめず苦しい思いをする可能性があります。日本の大学を経由せず海外の大学に行くとは、まず海外の文化に軸足を置いて職業生活を始めるということ。人生のレールが変わるくらいの覚悟が必要です。東大より難しそうでかっこいいからハーバードというのは感心しません。グローバルという無責任なかけ声に踊らされて海外に行くことには反対です。海外を見てみたいなら、日本の大学に在籍しながら交換留学する方法も、大学院から海外に行く方法もあります」

 社会人になってから海外の大学院、いわゆる「ビジネススクール」に通いMBA(経営学修士)を取得する方法もある。たとえばハーバードビジネススクールは、世界各国から毎年9500名強の応募があり、2000名が書類審査を通過して面接にたどりつき、最終的には約900名が入学する。つまり合格率は約1割。今年は日本から13名が入学予定という。2年間の授業料は約12万8000ドル(約1430万円)。教材費や生活費を合わせ、2年で20万ドル(約2236万円)以上かかるが、大学同様、奨学金が充実している。

「日本では大学名による学歴意識が未だに強いですが、欧米のエリート層の間では、ビジネススクールの学歴が問われるようになっています」(ハーバードビジネススクールでのMBA取得者)

 2020年度以降の大学入試改革は「明治維新以来の教育大改革」を掲げて始められたものだ。センター試験に代わる「大学入学希望者学力評価テスト」(仮)の複数回受験が見送られるなど、早くも雲行きが怪しくなっているが、「海外大学進学」という「黒船」はすぐ近くまで来ている。外的圧力もうまく利用しながら、「大改革」が良い形で実現されることを願う。国内の大学への進学と海外の大学への進学が垣根なく検討できるような時代が到来すれば、日本の教育は本当に変わることができるだろう。

「特別読物 志願者急増! めざせ『米英名門大学』奮闘記――おおたとしまさ(育児・教育ジャーナリスト)」より

おおたとしまさ
1973年東京生まれ。麻布中高卒、東京外国語大中退、上智大卒。リクルートから独立後、教育誌等のデスクや監修を歴任。中高教員免許、私立小での教員経験もある。『ルポ塾歴社会』など著書多数。

週刊新潮 2016年5月5・12日ゴールデンウイーク特大号掲載

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