硫黄島の星条旗 別人説の衝撃「本当の英雄は帰ってこなかった男たち」

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「世界で最も美しい戦争写真」に写っているのは別人なのではないか――戦後70年を経て噴き出した疑惑に、アメリカが揺れている。

「問題になっているのは太平洋戦争の硫黄島の戦いで、占領した山頂に米国旗を掲揚する6名の兵士を撮影した一葉です。実はこの写真は最初の国旗を降ろして代わりの旗を掲揚する際に撮られたものですが、発表のタイミングがまさに激戦のさなか。そのインパクトの強さに、構図の美しさや迫力も相まってピューリツァー賞に輝き、生き残った3名は国家的英雄となりました」(外信部記者)

ジョー・ローゼンタールが撮影した

 3名が所属していた中隊250名の生存者は27名。ノルマンディ上陸作戦を上回る死傷者を出した壮烈なこの戦いを綿密に取材、『散るぞ悲しき』で大宅賞を受賞した作家、梯久美子氏は言う。

「硫黄島は米海兵隊史上最大の激戦地のひとつ。米軍は当初、5日で攻略戦が終わると踏んでいましたが、戦闘は36日に及びました」

 凶報にたじろぐ米国民に当時、強い印象を与えたのがこの写真だった。戦費調達のための国債は販売不振が続いていたが、写真発表後に3名の“英雄”は急遽本国に召還され、キャンペーンに駆り出された。国債の売れ行きは目標額の2倍に達し、苦境にあった財政は持ち直した。その後写真は切手となり、巨大なブロンズ像が製作され、アメリカ人の心の拠り所となった。

 だが今回、前後の写真を比較した愛好家の調査を端緒に、装備などの違いから別人と指摘されているのはジョン・ブラッドリー氏。息子のジェイムズさんはクリント・イーストウッド監督が映画化、世界的ヒットとなったあの『父親たちの星条旗』の原作者だ。

 ジェイムズさんは言う。

「驚きましたが、指摘された事実を総合すると、写真に写っているのは父ではないと思います。政府に命じられたのでしょう。ただ、戦時の父の手紙から、国旗掲揚に関わっていたことは間違いない。私は、父が掲げたのは最初の国旗だったと信じています」

 父親は生涯、硫黄島については家族にも語らなかったという。“英雄”の話をせがむ幼い息子に言ったのは、

「本当の英雄は、帰ってこなかった男たちだよ」

 ということだけだった。

週刊新潮 2016年5月19日菖蒲月増大号掲載

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