「夢の薬」をみんなで使えば国が持たない――対談 里見清一VS.曽野綾子〈医学の勝利が国家を亡ぼす 第1回〉

ドクター新潮 医療 がん

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費用はほとんど国が負担

里見 高齢になるとがんが増え、われわれが診ている肺がん患者さんも、75歳ぐらいが平均的です。みなさん、75歳や80歳になっても、長生きしたいとおっしゃるので、年間3500万円かかる薬を使います。誰に効くかわからないので、患者さんが使ってほしいと言う以上、使わざるをえません。高額療養費制度があるので、費用はほとんど国が負担します。使った患者さんの最高齢は100歳だそうですが、100歳の人を101歳にするために、国が3500万円を支払う。人類史上、こんな贅沢があったでしょうか。

曽野 私は、やりたい人は私費でやっていただきたいと思う。そうすれば、儲かったお金が次の研究費にも回りますからね。

里見 これまで肺がんでは、一番高い薬で年間約1000万円でしたが、一気に3・5倍に跳ね上がった。財務省の審議会では、「そのうち研究が進み、費用対効果がよくなるのではないか」という声も出ました。でも、その間にも新しい薬がどんどん出て、さらに薬価が高くなるでしょう。ではどこで切るのか。アメリカのように自費で払える人には払ってもらうのか。私は、年齢で切るのが一番公平ではないかと思うのですが。

曽野 国が負担する分だけは、若い順から使っていく。当然だと思いますけれど。

里見 ただ、今日も財務省で、ある委員が「年齢で区切ったりしたら政権が倒れる」と言っていました。では、体重で切る方法はどうか。体重1キロ当たり何ミリグラムの薬と量が決まり、50キロの人に比べて100キロの人は倍の薬が必要になるので、軽い人を優先する。この方法が一番科学的だろうと話すと、みな引きつったように笑っていました(笑)。とにかく、国家の破綻は目に見えていますから、どこかで切らなければいけない。放置すれば、救命ボートに乗り遅れて下に沈むのは次の世代です。

曽野 そうですね。若い人が犠牲になる。

里見 高齢者が医療費を使いつづけると、保険制度が破綻して、次の世代の人たちがまともな治療を受けられなくなります。

曽野 「使い倒す」と言う人がいますね。保険料を払った分は取り戻すという意味のようですけど、実に浅ましい。私は使わないですむことを目的としています。できるだけ使わないのが、安い野菜を買う楽しみと通じるんです。でも、自分が払った分はとことんもらっていくという貧しい精神が一般的になりました。

里見 高い薬を使ったら、それだけ得だと思ってしまう、ということですか。

曽野 これは教育の問題でもあると思うんです。私は非常にいい加減なキリスト教徒ですけど、キリスト教では、友のために命を捧げること以上に大きな愛はない。それが最も崇高なことだとされます。そういうものがなくなりましたね。私なんか「命は捨てられないな、自分はなんて卑しい人間なんだろう」と思うことが、人間としてのひとつのあり方だと思っていますけど、損をする生き方はだめだ、それでは資本主義に奉仕することになる、と日教組はお教えになった。そこから変えていかないと。

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