文科省がグローバル教育を打ち出した結果、東大の世界ランキングが下落

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 教育は国家100年の計である。しかし、文科省はゆとり教育の失敗を見れば明らかなように弥縫(びほう)策を繰り返し、迷走を続けてきた。そして今、同省は「グローバル教育」なるものを打ち出しているのだが、結果、東大の世界ランキングが下がる大矛盾が起きていた。

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官邸と文科省の「合作」で大学教育はあらぬ方向に……

「若者よ、グローバル人材たれ!」

 目下、政府・文科省は、大学生に対し、半ば義務として「グローバル教育」を課している。

 ある教育ジャーナリストが解説する。

「2012年、政府は『グローバル人材育成戦略』をまとめ、産学官のオールジャパン体制で、『グローバル化』する国際情勢にあわせ、大学生をグローバル人材として育てる大方針を打ち出しました。その具体策のひとつとして、文科省は14年に37校のスーパーグローバル大学(SGU)を選定しています」

 文科省肝煎りのSGUとは、グローバル教育を牽引し、世界の大学ランキングトップ100入りなどを目的とした、いわば「グローバル化モデル大学」で、

「東大や京大、早慶などが選ばれました。SGUには、英語での授業数や外国人教員の数を増やしたり、大学レベルの英語力を会話能力も含めて総合的に測定する満点120点の『TOEFL iBTテスト』で、80点以上の学生の割合を向上させるといった目標が課されます。例えば京大は、教養科目の半分以上で英語での講義を目指すと宣言。こうした『大学教育のグローバル展開力の強化』のために、毎年度約100億円の国家予算が投入されています」(同)

 確かに、

「世界に遅れをとるな!」

「ガラパゴス化を防いで、グローバル化を目指せ!」

 というスローガンは一見、正論に思え、異論を挟む余地がないように考えられがちである。しかし、もっともらしい標語ほど性質(たち)が悪いものである。

■“日本人としてのアイデンティティー”

「政府はグローバル人材を定義するにあたり、3つの要素を挙げています」

 こう説明を始めるのは、同志社大学の前学長で、同大法学部の村田晃嗣教授だ。

「まず語学力とコミュニケーション能力、次に主体性やチャレンジ精神、柔軟性といった言うなれば『人間力』、そして最後に異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティーです。聞こえは良いかもしれませんが、『日本人としてのアイデンティティー』には首を捻(ひね)らざるを得ません。教育のグローバル化なるものの、もうひとつの柱である留学生受け入れ政策と相容れないからです」

 事実、政府は海外から日本への留学生を12年時点から倍増させて、20年までに30万人に増やす計画を推し進めている。

「留学生など日本に住んでいる外国籍の学生は、日本人としてのアイデンティティーを持つ必要がないし、持ちようもない。つまり政府は、グローバルと言っておきながら、ナショナリティで差別化するという、見方によれば排外主義的な印象を、国際的に与えかねない教育政策を進めているわけです。結局、政府自体がグローバル教育とは何なのかの定義を曖昧にしかできていない証だと思います」(同)

2015年、東大は世界大学ランキングで23位から43位と大幅に順位を落とす

■アジア首位の座からも陥落

 他方、文科省は13年10月から「トビタテ! 留学JAPAN」と称して、日本人学生の海外への留学を推奨し、金銭的な支援もしている。なぜか「学問」の匂いが感じられないAKB48がPRキャラクターとなり、彼女たちのヒット曲『恋するフォーチュンクッキー』を「留学版」の替え歌にして、日本の学生に海外留学を呼びかけてきたのだが、旧帝大のひとつで留学支援に携わっている教授曰く、

「『トビタテ!』プロジェクトは半年から1年といった短期留学を前提にしていて、海外の大学に移籍、進学することは想定していません。これでは、グローバル人材を育てるにも限界がある。例えばシンガポールには、6年間、海外のどの大学で学んでもいいという奨学金制度があります。『トビタテ!』プロジェクトがいかに“貧弱”であるかが分かると思います」

 それでも成果が上がっていればいいのかもしれない。

 そこで、一般に「世界大学ランキング」と称される、毎年、英国の教育専門誌が発表する指標を見てみる。SGUがスタートした14年に、そのトップ100に入っていた日本の大学は東大と京大の2校で、順位はそれぞれ23位と59位だった。

 ところが翌15年のランキングでは東大が43位、京大は88位と、いずれも大幅に順位を落とし、東大はアジア首位の座をシンガポール国立大に奪われてもいる。新たにトップ100入りした日本の大学もない。皮肉なことに、世界大学ランキングにおける順位アップを目指してSGU制度がスタートしてから、日本の大学は国際的な評価を低下させてしまったわけだ。

 この状況を踏まえてなお、グローバル教育の先行きは明るいと楽観的に言える日本人は、引くに引けないであろう文科省の役人以外にそうはいまい。

「考えてみれば、英国の教育誌が作るランキングに教育行政が振り回されている現状そのものが、グローバル人材の定義の一要素である『主体性』の欠落とも言えるのではないでしょうか」(村田教授)

「特集 『グローバル教育』を掲げて 『東大』世界ランキングを下げた『文科省』の大矛盾」より

週刊新潮 2016年4月21日号掲載

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