パナマ文書はこうして世に出た 流出から解析、有名人の名前が挙がるまでの軌跡

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 ついに現役首相のクビまで飛ばした機密データ流出の波紋は広がる一方。その余波は、関係する人や会社が400に上るという日本にも襲い掛かっているが、そもそも「パナマ文書」とは一体何(なに)で、流出によってどのような人の名が飛び出したのか。

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 サスペンス物の洋画や海外ミステリーを好む方々であれば「ジョン・ドウ」という言葉に馴染みがあるかもしれない。日本語にすれば「名無しさん」とでも表現すれば良いのか。身元不明の死体が発見された場面などで、刑事がそれを指してよく使う言葉である。

「こんにちは。ジョン・ドウです。データに興味ありますか。喜んでお分けしますよ」

 ドイツ・ミュンヘンに本拠を置く「南ドイツ新聞」にそんなメールが届いたのは昨年初めのことであった。

「とても興味がある」

 そう返信した編集部だが、その時、この匿名メールが1年後、どんな映画やミステリーより衝撃的な、国際的大スキャンダルに発展するとは、誰ひとり想像できなかったに違いあるまい。

 同紙によれば、続けてこんなやり取りが行われたという。

「提供するのにいくつか条件がある。私の身が危険だ。連絡は暗号化されたチャットで行う。実際に会うことは絶対にしない。どれを記事にするかは、もちろんあなた次第だ」

「なぜこんなことをしているのか」

「彼らの罪を公にしたい。彼らは腐ったビジネスをしている。それをやめさせたい」

「どのくらいのデータなのか」

「かつてない膨大なものだ」

 これ以降、同紙は、「彼」と、チャットで連絡を取り合うことになった。

 数カ月後に受け取ったデータは、Eメール、PDFファイル、写真、テキスト文書、パスポートのコピーなど、合計1150万点にも上った。データ容量は実に2・6テラバイト。文庫本なら2万6000冊、デジタルカメラで撮影した写真で65万枚にも及ぶ、まさに「膨大」なものである。

 同紙は、発行部数40万部超で、ドイツの高級紙では最大クラスの部数を誇る。論調はリベラルで、日本なら朝日新聞のような存在だが、有力紙でもこれほどのデータは手に余る。そこで、この資料を60カ国以上のジャーナリストが参加する報道機関「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)にも提供した。

 以来、1年間に及ぶICIJの調査によって、世界を揺るがす「パナマ文書」の全容が解明されたのだ。

■習近平、メッシ、ジャッキー・チェンらも

「データはパナマにある法律事務所『モサック・フォンセカ』から、何者かが流出させたものでした」

 と説明するのは、『国税記者の事件簿』著者で、ジャーナリストの田中周紀氏。

「フォンセカは、タックスヘイブンでの会社設立を手掛けている事務所です。流出データは、1977年から2015年にかけてフォンセカに会社設立を依頼した顧客に関わるもの。法人数は約21万件、関係のある国や地域は204に及びました」

 カリブ海のバハマや英領ヴァージン諸島、大洋州のクック諸島やサモアなど、タックスヘイブン(租税回避地)に会社を設立すれば、

「その会社は所得に対し、無税または名目的な課税しかなされない。また、各国の税当局は、登記簿謄本すら取れないため、会社の情報がわからない。銀行口座も海外にあり、当局はカネの出入りを簡単に把握できません」(同)

 自ら、または親族や友人がこうした法人の設立に関わっていた現役国家指導者は、習近平、プーチン、イギリスのキャメロン首相やアイスランド・グンロイグソン首相など。国民に税を課す立場にある彼らが、「税逃れ」と取られる行為を行っていたものだから、各国世論は沸騰し、アイスランド首相は辞任、キャメロン首相も支持率が急落した。さらには、メッシやジャッキー・チェンといった、スポーツ、芸能界の著名人もその中には含まれていた。

「パナマ文書」は世界の富裕層が陰で行っていた「脱法行為」の実態を赤裸々に晒してしまったのである。

 国際ジャーナリストの木村正人氏が、

「あれだけ話題を集めた2010年のウィキリークス事件でもデータ1・7ギガバイトでした。今回の情報流出規模はその1000倍以上」

 と評する一大事件。

 そこで気になるのは、日本についてのことである。

■会社を設立する日本人の目的

 膨大な「パナマ文書」であるから、その中に日本人の名前がないはずはなく、実際、

「ICIJと提携している朝日と共同通信の報道によれば、文書には、日本に関わる人や企業が約400も含まれているそうです」

 と言うのは、この問題を取材するジャーナリストである。その中に政治家でも含まれていれば、それこそ大騒ぎとなるけれど、

「政治家や公職者はその中にはいない、とのこと」(同)

 そのうち、既に報道によって、実名で記載が公にされているのは、警備会社「セコム」の創業者・飯田亮最高顧問とその関係者1名(故人)に限られる。

 ご本人に代わって、同社のコーポレート広報部は、

「日本の税務当局から求められた必要な情報を随時開示しており、合法的に処理されていると聞いております」

 と述べるのみ。

 見方を変えれば、日本の“掲載者”で一番“ニュースバリュー”を持つのが、飯田氏ということになり、元首クラスの名が出る諸外国と比べ、やや格落ち感は否めない……。

「特集 アイスランド首相は辞任! イギリス首相は支持率急落!『習近平』も『ジャッキー・チェン』も! 日本人400人という『パナマ文書』読解ガイド」より

週刊新潮 2016年4月21日号掲載

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