ピカソの再来とはいかないけれど…AIが「芸術家」になる近未来

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 人工知能「アルファ碁」が世界トップ棋士を4勝1敗で圧倒した、という知らせは朗報なのか否か。予想を超える速度で進化する人工知能は、近い将来、ほとんどすべての仕事を代替できるようになるのだとか。その先にある世界は、はたして楽園なのだろうか。

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 教師もさぞかし困ることだろう。囲碁の対局で、世界トップ棋士がAIに完敗するご時世とあっては、生徒たちに「君たちの可能性は無限大だ」と発破をかけたところで、言葉は虚しく響きかねない。

 今回、グーグル・ディープマインド社の「アルファ碁」が大いに能力を発揮した決め手は、ディープ・ラーニング(深層学習)と呼ばれるもので、

「今まで人工知能は苦手だと思われていた、“ここが危なそうだ”とか“ここがよさそうだ”という感覚を持つことができ、それが囲碁という複雑なゲームでも有効であることを示した。その点に、大きなインパクトがあると思います」

 公立はこだて未来大学システム情報科学部複雑系知能学科の松原仁教授も、こう驚きを隠さないが、同時に留保をつける。

「アルファ碁はよい結論を導き出しますが、その説明がない。たとえば、今の人工知能を使えば、次に買うべき株を提示することは可能でしょうが、それがなぜ買う価値があるのか、工学的に説明できません。一方で人間は、直感で株を選んだあとで、“後づけ”で論理的なプロセスを説明できますよね。ですから、ディープ・ラーニングをベースに、もう一つか二つ、ブレークスルーがないと、汎用人工知能のようにはなり得ないと考えます」

■キーワードは「汎用」

 今、「汎用人工知能」という語が出てきたが、AIの今後を占う上で、「汎用」は一つの鍵になるという。ドワンゴ人工知能研究所の山川宏所長に補ってもらう。

「AIは囲碁、将棋、自動運転など、特定用途では人間の能力以上の力を発揮できるようになりました。しかし、今、人間にできてAIにはできていないことが、主に二つあります。まず汎用的能力。アルファ碁は囲碁は打てても、それ以外のことはできない。もう一つは言語能力。IBMのAI“ワトソン”などは、表層的な会話はできますが、その内容を、現実世界の情報と結びつけて理解するには至っていない。この二つができるようになれば、人間とAIは、ほとんど同等になってきます」

 とはいえ、それにはまだまだ時間がかかる、ということだろうか。だが、松原教授は、「汎用」につながる一端を、アルファ碁に見出していた。

「対戦した棋士が“人間では理解不能な手があった”とコメントしていましたよね。一見、悪手のように見えても、終盤の局面で有効だった。人間には読めていない将来を人工知能が読んでいたという意味で、“創造性が見えた”と言える。人間は、経験がない事態に陥った際は、過去の経験から学習し、創造性を発揮しますよね。今回、囲碁の限られた空間、ルールの中とはいえ、AIに創造性が見えた。今後、実世界でもAIが人間と同様に過去から学び、創造性を発揮することが、10年から20年後には可能になると思います」

 はるか遠い未来の話のようで、そうではないのである。山川所長も言う。

「すでにディープ・ラーニングによって一般物体認識は可能ですが、人間の脳にはほかにも、意思決定や運動制御、記憶など、さまざまな認知機能がある。それらがすべて汎用できないかぎり、汎用認知機能とは言えませんが、私たちは、人間の脳内の結合構造を参考にすれば、2020年代には、汎用性のあるAIを実現できると予測しています。言語能力についても、AIが画像を見て“猫が座っています”といったキャプションをつけられる段階まで来ている。人間のように複雑な会話を交わし、文法も理解できるようになるのが、やはり2020年ごろだと考えています。予測段階ではありますが、20年代には、AIが人間の仕事を代替するのに必要な要素は出そろうでしょう」

■人間のエコノミストと対決し、勝利

 野村総研は、日本の労働人口の49%は人工知能によって代替可能になる、とのレポートを発表している。それは十分に衝撃的な数字だが、そこで「代替が困難」とされた「クリエイティブ」だとされる職業についても、

「未来永劫、安泰とはいかないのではないか」

 松原教授はそう疑問を投げかけるのである。

「AIがどの仕事から代替していくかですが、まずは単純なデータ処理などのオフィスワーク。あと2、3年でできるようになるかもしれません」

 KDDI総研リサーチフェローの小林雅一氏はそう予測して、続ける。

「アメリカにはすでに銀行の与信業務、つまり、この人にお金を貸していいかどうかの判断をAIが行っているベンチャー企業があります。続いては、エコノミストや気象予報など、ビッグデータを使う仕事。世界経済情勢や政府の金融政策などのデータから、株式相場の展望や企業の業績を解析するエコノミストの仕事は、とても高度に思えます。しかし、野村證券は“野村AI景況感指数”、クレディ・スイス証券の日本現地法人は“日銀テキスト・インデックス”というシステムを作り、日銀の金融政策決定会合の声明文や記者会見、月例経済報告や金融経済月報などのデータを解析し、日銀の金融政策の行方を占っています。これまでに3回予測し、人間のエコノミストとの対決では、AIの2勝1敗です」

■「芸術」も

アートディレクターやコピーライター、また画家や小説家といった職種も、標準レベルまではAIが到達できる?

 精神を有する人間にしかなしえない営為、と信じられていた芸術も、例外にはならないようで、

「アートディレクターやコピーライター、また画家や小説家といった職種も、標準レベルまではAIが到達できると思います」

 と、松原教授が言う。

「画家で言えば、ピカソの再来になるのは難しくても、一般的なレベルの風景画や抽象画なら、作製可能だということです。小説も同様で、実は、私たちは、人工知能が書いた小説を星新一賞に応募しています。今回はあえなく落選しましたが、その能力は年々向上していて、直木賞や芥川賞の受賞は無理でも、標準的な文章は、遅かれ早かれ書けるようになると思います。事実、アメリカの一部の新聞では、スポーツの試合結果や事故の速報などの記事の草案は、AIが書いています。試合の評価はまだ不可能ですが、これができるようになれば長い記事も執筆可能になるかもしれません。最後の砦は社説でしょうね」

 SF小説の世界に引き込まれているような錯覚を覚えるが、すでに地歩は固められつつあるそうで、山川所長が説明する。

「グーグルが開発した“ディープドリーム”という絵を描くAIは、目がたくさんあるなど気味悪い絵を描きますが、創造性の原点は物を組み合わせること。ディープドリームは目や建物、月など、形があるものを組み合わせているから、絵として成立していて、人間に“気味悪い”という印象を抱かせるのです」

 夢物語ではないというのだ。再び、松原教授が継いでこう語る。

「今の小学生や10代の子たちが60歳まで働くとしたら、40年や50年の時間がある。その間に、こうした創造性を持つ人工知能は一般化しているでしょう」

 神戸大学名誉教授で『人類を超えるAIは日本から生まれる』の著者の松田卓也氏は、音楽についても、

「ゲームや映画の音楽、リラックス用BGMなど“業務用音楽”と呼ばれる分野は、芸術家が作曲しなくてもAIで事足りるし、演奏も同様です」

「特集 『人工知能』は世界をどこへ導くか 第2弾 ほぼ全ての仕事はAIでまかなえる近未来」より

週刊新潮 2016年3月31日号掲載

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