トップ棋士を負かしたアルファ碁……“予想より10年早い現実がきた”という「人工知能」の進化

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 入試直前の追い込みで力を急伸させて志望校合格、というケースはよく聞くにせよ、短期間にこれほど力をつけてくるとは、誰も思わなかったらしい。世界のトップ棋士を負かしちゃった「アルファ碁」の話だが、この人工知能、これから我々をどこへ導くのか。

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 対局の前までは、

「5戦で1敗するかどうかというくらいになる」

 と、イ・セドルくん(33)は勝利に自信を見せていたそうだが、空威張りというわけでもないらしく、そもそも彼がビッグマウスだという話も聞こえてこない。

 実際、二十四世本因坊の石田芳夫九段に聞いても、

「試合前、私は、イ・セドル九段が最初に3連勝し、そこから少し気が緩んで1勝1敗。最終的な勝ち負けは4勝1敗かな、と予想していて、セドルくんが3連敗するとは、まったく思っていませんでした」

 こう驚きを隠そうともせず、さらに続けるのだ。

「たしかに昨年10月、グーグル・ディープマインド社が開発したこのアルファ碁は、2013~15年欧州王者のファン・フイに勝っている。しかし、彼の実力は二段レベルでしたし、当時のアルファ碁の力も、まだアマの高段者レベル。セドルくんの実力とは雲泥の差がありました。棋譜から見ても、まだセドルくんが勝つと誰もが予想していた。それが、半年も経たないうちに、アルファ碁が飛躍的に実力を伸ばし、数々の国際棋戦優勝を果たしているセドルくんに勝つとは……」

 第4局は、辛うじてイ・セドル九段が雪辱を果たしたものの、5局まで行われる対戦に、すでに3日目にして決着がついた、という事実が揺らぐわけではない。最終的には、4勝1敗でアルファ碁が勝利している。石田九段はこうして呆気にとられたまま、

「コンピューター囲碁に関わっている当事者たちでさえ、“人間に勝つには10年はかかるだろう”と言っていたんです」

 と言葉を継いだが、科学作家の竹内薫氏も、

「学者の方々は“予想していたよりも10年早い現実が来た”と言っている」

 と、同様の感慨を漏らしたうえで、こう語る。

「日本でも“電王戦”と題して、人工知能と将棋棋士が対戦し、人工知能が勝利を収めたことがありました。チェスでもすでに人工知能が選手を負かしていましたが、それらよりも考えられる局面数がはるかに多い囲碁で、人工知能がトップ棋士に勝利を収めるとは、驚きです」

■「強化学習」と「深層学習」

 竹内氏によれば、「アルファ碁」がトンでもない能力を発揮するのは、「強化学習」と「深層学習」という二つの学習を積んだ結果だという。さて、まず「強化学習」とは何なのか。

「1997年、IBMのディープブルーというマシンが、当時のチェス世界チャンピオンを負かしたことがありました。あれは、ありとあらゆる手を覚えさせ、計算させる、いわば力技のマシンでしたが、今回のアルファ碁はそれとは異なっています。最初に囲碁の打ち方を教え、その後、ありとあらゆる棋譜を徹底的に学習させるのです。これは人間の棋士が、幼いころから成人に達するまでに消化する囲碁の勉強を、超高速でやっているようなもので、さらにはその後、自分同士で対戦し、勝ったデータを残し、負けたデータは消去する。それを何回も高速で続け、最適化しながら、より強くなっていくのです」

 一方、アルファ碁の“勝利”をたしかなものにする決め手となったのは、盤面認識に「深層学習」(ディープ・ラーニング)を使ったことなのだという。東大大学院工学系研究科特任准教授の松尾豊氏によれば、

「ある盤面を見たとき、どの部分に注意して見るべきか。それは、今までは人間がその都度、コンピューターに教え込む必要がありました。しかし、深層学習の効果によって、人工知能が自分で判断できるようになったんです。そして、たくさん学習して、見方がうまくなればなるほど、石の打ち方もうまくなるのです」

 なにやら難しいのも、難しいことをやってのける人工知能の説明だから致し方ないが、もう少し松尾氏に噛み砕いてもらうと、

「今まで人工知能は、記憶や解析などは得意でも、物を認識するのが苦手だった。いや、物の認識だけが苦手だった。それが今回、開けたのです」

 で、その認識の方法についてだが、

「人間のニューロンの動きをまねたニューラルネットワークというものを多層的に積み上げ、コンピューターが自ら“特徴量”を発見できるようにした。すなわち、人間が囲碁をするときは、進行している盤面を見て、石の置き方から、なんとなくこの辺が弱いな、とか感じています。その石の置き方が特徴量、つまり盤面の特徴を表すもので、人工知能もそれがわかるようになったのです」

■実生活への応用

 それにしても、いったいいつから、人工知能がそんな途轍もない能力を持つに至ったのだろうか。

「2012年、世界的な画像認識のコンペで、トロント大学が発表したスーパービジョン以来です。このコンペは、ある画像に映っているのが花なのか、ヨットなのか、動物なのか、コンピューターが自動で当てるというタスクが課され、スーパービジョンの正答率が異常に高かった。それまでは、これは花、これは動物と定義された写真の特徴量の設計は人間の仕事でしたが、人工知能自らが画像から特徴量を獲得、画像を分類した。私は深層学習を“人工知能研究における50年来のブレークスルー”と言っています。革新的な大発明で、今回、ディープマインド社は、これを強化学習と組み合わせた。それによって、人間の実生活にも応用が効くようになると考えられるのです」

 そう語る松尾氏に、“応用”の具体例を尋ねると、

「自動運転車や、自動配達するドローンなどの実用化は、グッと近づいたと言えます。最近グーグルが、ロボットアームが箱からペンやハサミを認識し、選択して取る映像を公開しましたが、これは画期的です。将来は、抽象的な特徴量を発見できることから、人間ならではの繊細な動きも可能になり、結果、調理や介護への進出もありうる。自らの行動が周囲におよぼす変化を認識できるようになれば、農作物の栽培や建築もこなし、いずれは言語も理解し、コールセンターでの応対や通訳、翻訳なども可能になるでしょうね」

「特集 囲碁王者すら圧倒して『人工知能』は世界をどこへ導くか」より

週刊新潮 2016年3月24日号掲載

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