美人劇団員殺害で有効だった「片っ端からDNA」捜査の利点難点

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 世界で初めて犯罪捜査にDNA鑑定が導入されたのは、1983年にイギリスの田舎町で起こった連続強姦殺人事件とされる。彼の地の警察は4500人からサンプルを採取し、見事に犯人を見つけた。それから33年後、日本の警視庁は1000人ものDNAを片っ端から集めて犯人逮捕に至った。が、DNA捜査には利点と難点があるという。

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 東京・中野区在住の劇団員、加賀谷理沙さん(当時25)が、自宅マンションの玄関で遺体で発見されたのは去年の8月26日。犯人と見られる戸倉高広容疑者(37)が福島県内で逮捕されたのは、それからちょうど200日目に当たる3月12日だった。

 当初、顔見知りによる犯行とも見られた事件は間もなく暗礁に乗り上げ、“流し”による犯行との見方が強まった。

 社会部記者が解説する。

「遺体の爪に残されていた皮膚片のほか、胸や唇からは唾液が検出されました。それらはすぐに科学捜査研究所に回されて分析された結果、DNAが成人男性のものと判明したのです」

 捜査本部は色めき立った。

「9月に入ると、被害者宅から半径500メートル圏内に住む75歳以下の成人男性に対し、任意のDNA鑑定を行うことが決まりました」

 その手法は、検査キットを持った捜査員が対象者を訪問し、頬の内側の組織を採取するというものだった。

「DNAの鑑定結果が出るまでには1~2週間かかり、費用は1件あたり約3万円。時間と費用がかかるのが難点ですが、DNAが一致すれば容疑者を特定したも同然です。仮に協力を拒んだ場合、その理由を追及すれば自白する可能性もある。捜査本部は犯人に接触できさえすれば、逮捕は時間の問題と見ていました」

 約80人もの捜査員が投入されたローラー作戦。期間は半年を超え、費用は数千万円に達したというが、捜査本部は遂に戸倉容疑者にたどり着いた。事件直後、逃げるように実家に転居していた彼は、素直な態度で組織の採取に応じていた。

■「ひとつの情報」

「現在のDNAの鑑定技術は、4兆7000億人に1人と極めて高い確度です。同じ鑑定結果が出る人物は9兆4000億人の中に2人しかいない計算で、そんな可能性はゼロに等しい。そのため、被害者の体に残されていた皮膚片や唾液が戸倉容疑者のものと判断したのでしょう」

 とは、法科学研究センターの雨宮正欣所長だ。

「本来、DNA鑑定は事件捜査を積み上げていくひとつの情報に過ぎません。ところが今回は容疑者が犯行を否認し、ロクに物証もない中で逮捕状が出されました。裁判所が、鑑定結果の信憑性を認めたからだと思います」

 犯人逮捕の決め手になるのがDNA鑑定の最大の利点だ。が、先の社会部記者は冷ややかだ。

「最初に捜査員が戸倉容疑者に接触してから、逮捕に至るまでには2週間以上が経過しています。その間に容疑者が海外に逃亡することも可能だったわけで、全ての事件でこんなにあっさり容疑者を逮捕できるとは思えません。今回は結果オーライですよ」

 刑事司法の“切り札”と呼ばれたDNA鑑定だが、犯人を取り逃がすリスクがあるのが最大の難点である。

「ワイド特集 春色の時限爆弾」より

週刊新潮 2016年3月24日号掲載

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