百田尚樹 問題発言から改心に至る「小説家ならではのアプローチがあるんじゃないか」

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 大ベストセラー『永遠の0』でデビューしてから今年で10年。スポーツ小説(『ボックス!』)、歴史経済小説(『海賊とよばれた男』)、時代小説(『影法師』)……等々、常に異なるジャンルの小説を書き続けてきた作家・百田尚樹氏が、今回新たに挑んだのは「寓話小説」。「私の最高傑作」とまで断言する、渾身の一作にかけた思いと数々の「放言」後の心境の変化を聞いた。

小説家として現代社会を斬る

――最新作『カエルの楽園』は、題のとおりカエルたちの物語のようでいて、読み進めるうちにだんだんと、恐ろしいほど現実に即した、強烈な皮肉を含んだ寓話であることがわかってきます。

百田 現代をどう描くか、というのは小説家にとって大きなテーマのひとつです。ただ、一口で現代を描く、といっても幅広い。人間の生き方もあれば、政治、経済、文化、犯罪もあります。ルポルタージュやノンフィクションは、その中の一人や一事件に焦点を当てるというミクロな視点から、現代の一部を深く切りとっていきます。それに対し、現代を大きく俯瞰して眺めるには、象徴と寓意を用いるのが、小説家としての一つのやり方ではないかと思いました。

 寓話というと、おとぎ話のようで軽く見られがちですが、決して軽くはない。むしろ、大きな構造を鷲掴みにするために、これほど有効なアプローチはないと思います。

 昔から「ラ・フォンテーヌ寓話」や「イソップ物語」などが好きで、自分でもいつか書いてみたいという気持ちはありました。20世紀にも『動物農場』のほか、芥川龍之介の『河童』、魯迅の『阿Q正伝』など、寓意性に優れた傑作がたくさんあります。彼らと肩を並べるわけではありませんが、私も21世紀の寓意小説を書いてみようと。

 昨夏、『大放言』という新書を出したのも、きっかけのひとつかもしれません。あの本を出すまでは、社会や政治に対して発言することはあっても、活字でしたためたことはありませんでした。『大放言』は現代日本、現代社会を、活字で斬った初めての本です。内容的には満足できる本でしたが、一方で、現代社会を斬るなら、小説家ならではの切り口とアプローチがあるんじゃないかという思いもありました。

――ただ、二匹のアマガエル、ソクラテスとロベルトの旅路から幕を開ける物語は、従来の読者にはかなり意表をつくものだったと思うのですが……。

百田 たしかに冒頭だけ読むと、「何やこのほのぼの路線!」「いったいどんな話やねん!」という感じで、寓話というより、童話と受け取られたかもしれません。一度、『風の中のマリア』という小説で虫を主人公にしたことがありますが、あれともだいぶ違いますしね。マリアは、オオスズメバチの生態を科学的に忠実に描いた上で、一匹の働き蜂の一生を擬人化した物語ですが、今回はファンタジーのように物語を動かしています。

 ただ、途中からかなり不気味というか、ミステリアスな展開になるので、そうなると今度は「これ、出版して大丈夫なんでしょうか」と心配されました(笑)。

――とりわけラストは衝撃的でした。

百田 結末は自分でも書く直前まで、「どうなるんやろう」とわからずに書いていました。最後の場面はいろんなパターンが思いつくだろうから、いくつか書いてみて、一番よいものを採用しよう、と。でも、いざ書いてみたら、考えてもいなかったラストシーンが書けてしまいました。自分でも思いがけない展開でしたが、書き終えた途端に、これしかない! と。

――物語にはさまざまなカエルたちが登場します。お気に入りのキャラクターはいますか?

百田 アマガエルのソクラテスとロベルトは、主人公ではありますが、物語の狂言回しの役割でもあります。実は、もっとも登場回数が多く、もっともセリフが多いのは「デイブレイク」というカエル。彼こそ、この物語の陰の主役です。書いていて興味深いキャラクターでした。決して権力者ではないのに、見えない権力を持っていて、他のカエルたちを操作する。そして自分こそが正義であり、良心であると信じ込んでいる。書きながら、どうしてこんな奴が生まれるんやろう、という問いがつねに頭の中にありました。

シールズの学生にも読んでもらいたい

――今回は初めて、中のイラストもお願いしました。

百田 絵を入れることにしたのは、できるだけ若い人に読んでもらいたいという思いもあります。もちろん大人の読者に向けて書いていますし、年齢問わず読んでいただけたら嬉しいのですが、今回は特に若い人にも読んでもらって、いろんなことを感じてほしいと思っています。たとえば「シールズ」にいる学生とかがこの物語を読んでどう思うのか、とても興味がありますね。

――書いているあいだ、苦労された点はありますか。

百田 あまり苦労は感じなかったですね。とにかく書いていて楽しかった。どんどん筆がのるし、物語の世界の中に入りこんで、夢中になって書いた感じです。実を言うと、ここまで夢中になって書けたという作品はあまりなくて、『永遠の0』『海賊とよばれた男』『ボックス!』『夢を売る男』くらいでしょうか。自分で言うのもなんですが、大満足の作品ができました。

 大きな声では言えませんが、書きあがったあと、「最初に思っていたほどのものにはならなかったな」という作品もあります。もちろん、「思っていたとおり」になるものもあれば、「思っていた以上」のときもある。『カエルの楽園』は、自分の想像していた以上の出来になったと思います。

 私自身、はたしてこの奇妙な物語が世の中にどう受け入れられるのか、ドキドキしています。作家になって今年で10年、これまで20冊くらい本を出してきましたが、これほど緊張する本はありません。この物語をどう読んだか、読者同士でも議論が起こるかもしれません。

 とはいえ、小説はとにかくまず、面白くあることが大事。読者に「面白い本を読んだな」と思ってもらえたら一番嬉しいです。この作品ではそれに加えて、今の時代について考えるきっかけを少しでも読者に提示できたなら、それに勝る喜びはありません。

デイリー新潮編集部

2016年3月2日掲載

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