「杭打ち偽装」会見は、こう謝るべきだった 間違いだらけの「謝罪会見」事例研究2015(1)

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 論語に曰く、「過(あやま)ちて改めざる、是を過ちという」。だが、いざ不祥事が露見すると、見栄やプライド、訴訟リスクに拘泥し、真摯なお詫びの言葉を飲み込む経営者は後を絶たない。危機管理のプロ・田中辰巳氏が、延焼を食い止め、再生に導く「謝罪会見」の真髄を説く。

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旭化成建材本社

 過ちを犯したとき、如何に対処するかでその人の本当の値打ちが決まる――。
 
 松下電器(現パナソニック)を創業し、世界的企業に育て上げた松下幸之助の言葉である。

“経営の神様”が看破した通り、組織や経営者の力量が試されるのは、難局に直面した時に他ならない。

 筆者は長年、危機管理コンサルタントとして、司直やマスコミの容赦ない追及に晒される顧客をサポートしてきた。その見地から言えば、2015年ほど、組織の危機管理能力が問われた年はなかったように思う。

 数多の大企業や、国家的プロジェクトを巡って不祥事が頻発し、その多くが長年培ったブランドイメージを失墜させた。最大の原因は不祥事それ自体よりも、行き当たりばったりの謝罪会見や、著しく当事者意識を欠いた事後対応によるものだ。

 では、彼らはどこで間違えたのか。読者の記憶に新しい、象徴的な事例を挙げて解説していこう。

■自分たちを棚に上げる

 まずは、今年10月に発覚し、分譲マンションに住む全国のファミリー層を震撼させた 「杭打ちデータ偽装事件」。神奈川県横浜市にある大型マンションの“傾き”が発端となったこの一件では、関係先の名立たる優良企業が釈明に追われた。

 先陣を切ったのは、実際に杭打ち工事を担当した旭化成建材と、その親会社・旭化成である。

火消しのはずが炎上

 会見に臨んだ浅野敏雄・旭化成社長は、神妙な面持ちで、

「深く深く反省し、お詫び申し上げます」

 と頭を下げた。だが一方で、平居正仁副社長は、

「過去10年のうち建物が傾いたのは1件だけ。杭が原因で倒壊した報告は1件もない。急に倒壊することは経験からない」「(隠蔽の意図を)持っている可能性があるのは1人ということ。傾いている物件は1件ですから、その人しか可能性のある人はいない」 

 などと強気な姿勢を覗かせ、現場管理人だけに責任を押しつけるような言動が目立った。その後に会見した旭化成建材の役員も、この現場管理人について触れ、

「物言いや振る舞いからルーズな人だと感じた」 

 と付け加えている。

 まだ調査中の段階で、企業の経営陣からこうした発言が飛び出すのはあまりにも迂闊と言える。

 このような謝罪会見で重要なのは、被害者に安心感を与えることに尽きる。

 マンションの住民は、旭化成だけでなく、販売した三井不動産レジデンシャルや、施工主の三井住友建設のブランドを信頼して購入に至った。そのため、“この会社の手掛けたマンションなら、誰が工事を担当しても二度と間違いは起こらない”と思わせる必要がある。少なくとも、自分たちを棚に上げて、一担当者に責任を擦(なす)りつけるような態度は逆効果だ。

■4つのステージ

 危機管理には、「感知・解析・解毒・再生」という4つのステージに合わせた対応が求められる。

「感知」とは危機を感じ取り、事態を正確に把握することだ。“現場は必ず嘘を言う”という前提で情報を精査する必要がある。

 次の「解析」では犯した過ちや罪の重さを認識し、その後の展開を予測する。続けて、被害者の心に届く言葉や誠実な情報開示によって「解毒」を促す。そうして信頼関係を回復した後、「再生」に向けた出口戦略を仕込むのである。

 その意味で謝罪会見は「解毒」の場だ。にもかかわらず、今回のケースでは毒を増やす発言ばかりに終始してしまった。

謝罪会見は「解毒」の場

 同じことはマンションの“販売元”にも言える。

 三井不動産レジデンシャルは住民説明会の席上、「全4棟計705戸の建て替え案」、「転居費用や仮住まいの家賃負担」、さらに「1戸あたり一律300万円の慰謝料」を提示した。

 他の建築偽装トラブルを思い返しても、破格の対応と呼べるだろう。

 だが、このやり方も全くナンセンスだ。どんなトラブルであれ、解決に至るまでには、被害者が「癒される・腑に落ちる・許す・忘れる」というステップを踏む必要がある。お金の話を持ち出すのは、被害者とのやり取りが最終局面に至ってから、というのが交渉の原則なのだ。

 それなのに同社は、被害者を癒す努力をしないまま、真っ先に“手厚い賠償”を突きつけた。これでは被害者感情を逆撫でするだけだ。実際に多くの住民たちは、“札束で頬を叩かれた”と感じたのではないか。

 問題はそれだけに留まらない。稚拙な対応によって今後、他のマンションや戸建てに騒動が飛び火した場合、賠償目的のクレームが殺到する危険性も生じている。結果として、不動産業界全体が消費者の不興を買っただけでなく、「クレーム爆発」のリスクまで抱えてしまったわけだ。

■被害者を“癒す”

 もし、筆者がこの一件の収束を図るとすれば、まず何よりも販売元、施工主、工事業者の3社を集め、共同で謝罪会見を開かせる。それぞれが自己保身に走りながら、個別の意見を述べている状況は間違いなく被害者を不安にするからだ。

 そうではなく、3社が一致して責任を負うことを明確にした上で“癒す”ことに注力するのが肝心。たとえば、住民に向けた会見では、こう切り出してもらう。

「築8年が経つマンションは、ただのコンクリートに囲まれた“箱”ではありません。そこにはご家族の思い出や、住民の皆さん同士が築かれた人間関係もある。仮に転居されることになれば、お子様の学校生活や高齢者の通院など、様々な面で影響が出るでしょう。今回の不祥事によって、マンションの安全性や資産価値に支障が生じたのはもちろん、皆さんの平穏な日常そのものを脅かしてしまいました。まずはその点を謝罪させて頂きます」

 いかがだろうか。いきなりお金の話を持ち出すよりも、この方が被害者と真摯に向き合う姿勢が伝わるのではないか。痛みを分かち合う覚悟を示すことで、相手も溜飲を下げる。賠償を提示するのは、それからでも遅くないのだ。

「特別読物 間違いだらけの『謝罪会見』事例研究2015――田中辰巳((株)リスク・ヘッジ代表)」より

田中辰巳(たなか・たつみ)
1953年愛知県生まれ。メーカー勤務を経てリクルートに入社。「リクルート事件」の渦中で業務部長等を歴任。97年に危機管理コンサルティング会社「リスク・ヘッジ」を設立。著書に『企業危機管理実戦論』などがある。

週刊新潮 2015年12月17日号掲載

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