竹原慎二「“絶対に勝つ 絶対に勝つ がんなんてたいした事ない、勝つ”」 がんに打ち克った5人の著名人(3)

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 “気になる症状”がなかったわけではない。だが、ミドル級という重い階級で、日本人として初めて王座についた屈強な40代の身体ががん細胞に蝕まれるとは、予想だにしなかったのだ。

元WBAミドル級世界チャンピオン、竹原慎二さん

 元WBA世界ミドル級チャンピオンで、タレントの竹原慎二さん(43)に膀胱がんが見つかったのは、昨年2月のことである。

「でもね……」

 と竹原さんはこう続ける。

「実は前の年の1月から残尿感、のちに排尿痛にも悩まされるようになりました。それで何度も受診しましたが、医者が正確な診断をできずに1年が過ぎた。血尿が出て初めて専門医の精密検査を受けたんです」

 膀胱の奥にできたがんの塊は2・5センチまで大きくなり、筋層に達し、粘膜の中にも拡大。骨盤リンパ節にも2カ所の転移が見つかるという「ステージ4」の状態だった。5年生存率は40%以下。東京・世田谷に買ったばかりのマイホームには35年ローンがほぼそのまま残っていた。

 さらに、竹原さんがひどく落胆したのは、膀胱を全摘したうえに、蓄尿する袋「ストーマ装具」を装着しなければならないと宣告されたことだった。

「ストーマを試したことがあるんです、300ccの液体を入れて。腰に着けた途端、泣きそうになって……。この若さで、ずっと着けなくちゃいけないのかって」

〈夫を何とか助けたい〉

 そう思った夫人は膀胱がんについて資料を読み漁った。全摘しない方法はないのかと。表紙に「無知は罪」と書かれたノートは、メモや情報ですぐに溢れた。

 相前後し、2つの大学病院からセカンドオピニオンを聞いてもいるのだが、いずれも全摘以外にないと言う。中には、

「膀胱温存などと悠長なことを言っている場合ではない。命が助かるかどうかの問題ですよ」

 と告げる医師もいた。

 ずっと泣いていた。どうにでもしてくれと自棄になっていた。

「もしものことだから最後まで聞いて欲しいんだ。無理な延命治療は望まない、最期は自宅で過ごしたい」

 それ以外にも子どものことや生命保険のこと、会社のこと、葬儀や墓のことなどについて、このときすでに夫人と話をしている。

 そうやって悲劇の関頭に立たされていたところ、「T&Hボクサ・フィットネス・ジム」を共同経営する畑山隆則さん(元WBA世界ライト級チャンピオン)から朗報がもたらされた。東大病院ならば違う治療法がありそうだと。

 さっそく受診すると、医師はこう言った。

「膀胱全摘は避けられない。が、抗がん剤でがんが小さくなれば手術ができる。その場合は、ストーマを着けない方法も選べる。再発率は数%上がるが、小腸の一部を切除し、それを用いて膀胱を造設する術式だ。それと東大では、微細な作業が可能なロボットによる手術をいまやっているので、それだと回復も早い」

 事態は好転し始めたのである。

「パパを死なせないから」

 そう言っていた夫人は、抗がん剤治療開始の直前、ノートにこう書いた。

〈パパ 大好きだよ 家族みんなたくさんの人が待っているよ 負けてたまるか絶対に勝つ勝つ勝つ〉

 竹原さんもノートに書いた。

〈絶対に勝つ 絶対に勝つ 絶対に勝つ がんなんてたいした事ない、勝つ 俺は世界チャンピオンに成った人間だ 絶対に勝つ〉

 抗がん剤は著効を示し、手術が行なわれた。13時間を要したものの無事成功した。

「小腸を膀胱として代用しているので、あまり尿がたまりすぎないように、2~3時間置きにトイレに行く必要はあるんですが、もう慣れました」

 取材中も、竹原さんのスマホには、健康やがんに関するさまざまな情報が夫人から届く。

「もし女房がいなかったら、諦めていたかも知れませんね。どうでもいいやと。手術以降、食事も玄米や有機野菜に変えていて、女房にはもう頭があがりません。女房のためにも、何とかがんに勝ちたいです」

 竹原さんは今年6月、故郷・広島で始球式のマウンドに立つまでに回復した。

 二人三脚のたたかいが続いている。

「特別読物 がんに打ち克った5人の著名人 Part2――西所正道(ノンフィクション・ライター)」より

竹原慎二 タレント・ジムオーナー
1972年生まれ。89年にプロデビューし、95年、WBAミドル級世界王座に。その翌年、左目網膜剥離で引退し、タレントへ転向した。

西所正道(にしどころ・まさみち)
1961年奈良県生まれ。著書に『そのツラさは、病気です』、近著に、がんを契機に地獄絵に着手した画家を描いた『絵描き 中島潔 地獄絵一〇〇〇日』がある。

週刊新潮 2015年12月10日号掲載

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