介護業界ではお馴染みの“男の寿退社” 低賃金の重労働が「介護現場」をここまで荒廃させた!(3)

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 現場の混乱を尻目に、ビジネスとしての介護業界は依然として活況を呈している。

 一昨年の総務省の統計では、65歳以上の高齢者が3186万人と過去最高を記録。日本の総人口に占める割合で、初めて“4人に1人”が高齢者となった。こうした急速な高齢化に支えられ、介護業界は右肩上がりの急成長を続けている。

 介護保険法が施行された2000年度に3・6兆円だった介護保険の総費用は、昨年度には9兆円に膨らんだ。それどころか、2010年に閣議決定された「新成長戦略」では、2020年の介護市場は19兆円規模に上ると試算している。これはパチンコ業界に匹敵する市場規模だ。

 将来の需要増は確実だが、それでも、介護業界ほど“成長”という言葉が虚しく響くビジネスも他に見当たらない。

 その最大の原因は、現場の疲弊にある。なかでも、“賃金”の問題は深刻だ。

 たとえば、かつて筆者が勤務していた大学には社会福祉学科が存在し、老人介護に強い関心を抱いている学生も多かった。しかし、実際に介護業界に就職したがる学生は非常に少ない。

 ある時、“どうしても介護業界に進みたい”という男子学生の相談を受けたことがあった。筆者は自らの経験を踏まえ、大手ではないが、現場のヘルパーも企業としての取り組みも健全に思えた一社を紹介した。

 ところが数年後、久しぶりに再会した彼はこう切り出したのだ。

「結婚することになったので退職します。年収が300万円のままでは家族を養っていけません」

 言うなれば、“男の寿退社”である。熱意を持って介護業界に飛び込んだ若者が、生計を立てることができないため、やむを得ず転職する。残念ながら、これは介護業界ではお馴染みの光景なのだ。その後、一般企業に転職した彼の年収は、2倍以上になったという。

■離職率は16・5%

 公益財団法人・介護労働安定センターの調査によると、2014年度の、施設で働く介護労働者全体の平均月給は約21万5000円で、全産業の平均月給と比べて10万円以上の開きがある。また、訪問介護員では18万7000円程度に留まる。

 そもそも、今年の大卒新入社員の初任給20万2000円と同じ程度では、介護職員が将来に希望を見出すことは難しい。

 都内で中規模ケアセンターを営む男性が嘆息する。

「事業者の収入は介護報酬に頼らざるを得ないため、利用者の獲得が最重要課題になります。一方、赤字を減らすには支出の大半を占める人件費を削るしかありません。私は破綻したコムスンに勤めていましたが、月に1度のセンター長会議では、新規の顧客数が多い順に席次も並べられました。職員の待遇改善や、事故防止策など話題に上ったことすらない。残念ながら、現在の介護業界も大差ない状況が続いています」

 介護業界の離職率は16・5%で全産業の平均を上回る。しかも、離職者の7割は仕事を始めてから3年未満の者が占めているのだ。景気回復も相まって20代、30代の若年層が早々に介護職に見切りをつけ、転職してしまう様子が窺える。

 先の男性が続けるには、

「特にホームヘルパーは慢性的な人手不足なので、常に募集をかけている状態です。ただ、応募者のなかには明らかに金に困っている人もいます。事業者に余裕がないと、おざなりな人選で雇ってしまい、教育も施せない。そのせいで、未熟な職員による事故や窃盗事件が起きてしまう」

「特別読物 低賃金の重労働が『介護現場』をここまで荒廃させた!――天川由記子(国際関係学研究所所長)」より

天川由記子(国際関係学研究所所長)

週刊新潮 2015年12月10日号掲載

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