ケント・ギルバートが警鐘 「中国“膨張国家”の野心を直視せよ」

国際 中国

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 防衛省は5月29日付で「南シナ海における中国の活動」という17ページの報告書を公式サイトで公開しました。1950年代に、仏軍がインドシナ半島から撤退した直後から今日に至るまで、中華人民共和国(中共政府、PRC)が国際法を無視した埋め立てを継続的に行い、周辺諸国との交戦を続けてきた歴史や、岩礁が埋め立てられて海上基地化している様子が、時系列でよく分かります(図1、図2、図3を参照)。

 それどころか、今やPRCの魔の手は、尖閣諸島から沖縄本島にも伸びようとしています。この報告書からも危機感が伝わります。しかし、ネットで検索しても、この報告書に関するマスコミ報道の形跡は見当たりませんでした。どうして中共に関してマイナスとなるような報道は、滅多に行われないのでしょうか。

 今回の安保法制審議の中でも、安倍総理がもっとはっきりと中共の脅威を訴えればいいのに、なかなかそうは言いませんでした。7月20日にフジテレビに出演して安保法制について自ら説明した時にも「あえてどことは言わない」と言っていました。この時は、同番組に出演していたコラムニストの犬山紙子さんがその説明を受けて「中国」という名前を挙げたおかげで、視聴者に伝わったと思います。参議院の審議が始まってやっと、PRCが脅威なのだと明言しましたが、奥歯にものが挟まったような言い方はどうなのかと、ずっと思っていました。

 中共政府に対しては、何かと弱腰に見える日本政府だから、防衛省が先のレポートを発表した時は、「えっ、そこまで言うの?」と思いました。それに続いて、7月22日には、東シナ海のガス田開発をめぐって、境界線が未確定にもかかわらず、中共が一方的な開発行為を続けていることを、日本政府が批判しました。

 従来の日本政府の姿勢は「沈黙は金」でした。中共が脅威だと分かっていても、それを言えば中共を刺激してかえって軍拡を促す恐れがありました。だから、日本は黙っているほうがいいと考えてきた。アメリカの方針でもあったと思います。しかし、ここまであからさまな行為に出ている以上、もう黙っていることはできないと判断したのでしょう。

 法律の世界では、「押して引く」という交渉法があります。押して、最後にちょっと引いて、自分に有利なポジションをキープする。中共はこれが上手です。日本はそれに対して「引く、引く、引く」。自分が引けば、相手も引いてくれると思っているようですが、世界ではそんな常識は通用しません。中共は尖閣諸島も小笠原諸島も、押して引いて、押して引いて、こちらの様子を窺いながら日本の権益を徐々に侵害しています。

■アジア版NATOの必要性

 南シナ海でこれだけ中共が侵攻しているのは、インドネシアやベトナム、フィリピンが中共から舐められているからです。それぞれが軍事同盟になっておらず、中共対インドネシア、中共対ベトナム、中共対フィリピンで対抗したら、圧倒的に強いのは中共に決まっています。アジアには、ヨーロッパのNATOに当たるような軍事同盟はありません。そういう同盟が出来れば、中共もうかつには動けなくなります。もちろん、そこには日本が参加しなければ無意味です。それを可能にするためにも、私は今回の法改正は必要なことだと考えています。

 日本の安保法制に反対する国は中共、韓国、北朝鮮の3つしかありません。中共には最終的にハワイより西は全て支配下に置きたいという野望があります。日本が参加するアジア軍事同盟は、その最大の妨げです。だから必死に抵抗していて、日本国内での工作活動にもお金を惜しまない。中共の手先としか思えない団体が日本に多数存在する理由です。

 私も以前はそうした認識が薄かった。中共は貧しい国であり、共産主義になった後、政府が大躍進政策や文化大革命などの間違った政策を繰り返したことで、中国人はとても苦労したと同情していました。周辺国への攻撃や紛争が絶えない国だとは、認識していませんでした。

 今思えば勉強不足だったと反省しています。1950年代からチベットやウイグルに侵攻し、弾圧を行っていました。空中核実験もやっていました。しかし、海岸側ではなく内陸側の出来事だったので、意識していませんでした。帝国主義的な印象を持っていませんでした。

 私が27年前に『ボクが見た日本国憲法』という本を出した時に、憲法第9条の条文は現実的とは言えないけれど、とりあえず理想主義的な憲法として歴史的な実験を続けてもいいのではないかと書きました。しかし、そんな悠長なことを言える状況ではなくなりました。

 原因は、中華人民共和国が変わったからです。本質は何も変わっていないのでしょうが、以前は野望があっても、それを実現する経済力や技術力がありませんでした。しかし、経済成長によって全てが変わりました。武器の購入や軍隊の拡張が出来るようになった。そうなると突然、本性をむき出しにしてきました。

■アメリカの反応を窺う中共

 私が中共の脅威について強く感じ始めたのは、かなり最近です。2012年に自民党が憲法改正草案を出しました。その頃、全国の日本青年会議所(JC)で、憲法改正について考える会がよく開かれていました。JCというのは、基本的に改憲派で、そうした講演に私もよく呼ばれていました。その頃は、まだ私も「9条は今すぐ変える必要はないかも知れないけれど、あまりにも現実と乖離して解釈に無理がありすぎるようだったら、変えたほうがいい」と主張しました。この考え方を一変させたのが、他ならぬ中共の直近の動きです。現在は、憲法9条を今すぐ改憲すべきだと考えています。

 中共の帝国主義的な侵攻がこの程度で済んでいるのは、アジアに米軍がいるからです。南シナ海を見てください。フィリピンのピナツボ火山が噴火して、クラーク空軍基地が修復不能なほど被害を受け、それをきっかけに米軍はフィリピンから撤退しました。ついでにスービック海軍基地も返せと言うから、海軍も引き揚げました。その直後から中共は南シナ海に進出してきました。これは先述の防衛省報告書でも良くわかります。

 中共は尖閣諸島においてもアメリカの出方を気にしています。中共が尖閣諸島に公船などを出し始めた理由は2つあって、1つは石原慎太郎都知事(当時)が、2012年4月に東京都が尖閣諸島を購入すると発表したことです。長年、臭いモノには蓋をしたままだったけど、それを開けてしまった。それに中共が反応しました。しかし、理由はもう1つあって、中共としてはこの機に、アメリカが本当に尖閣を守るかどうか、その反応を試したかったのだと思います。

 アメリカは「領土権主張の争いには関与しない」という立場を強調していますが、実際には米軍機をあの地域に飛ばして示威行為を行っています。それでも2012年12月には中共軍機が、記録上初めて日本の領空を侵犯しました。ところが、2013年1月に米国で「尖閣諸島は日米安保条約の適用対象である」という法案(国防権限法案)が成立すると、中共による挑発が大きく減ることになります。アメリカが本気であることが分かったからでしょう。

 アジアにおける米軍の必要性は、身近な朝鮮半島を考えてみても分かります。韓国軍において有事の際の作戦指揮権は、いまだに米軍にあります。では、韓国軍は作戦指揮権を取り戻したいかというと、そうでもないのです。指揮権が韓国に戻ると、「もう韓国軍は自立したんだから」と米軍が引き揚げることを恐れている。実は米軍としては、それほど韓国に駐留したいわけでもないのです。もし北朝鮮との間で有事になれば、また泥沼化するに決まっています。すると米軍から死者が出る可能性も高いし、財政的にも負担になる。韓国のコウモリ的な態度にも呆れています。米国の同盟国より中共の属国になるのが希望なら、はっきりそう言えといいたくなる。

 韓国は、やはり最前線に米軍がいないと困るのでしょう。自分たちだけでは守りきれないと考えています。韓国は完全にアメリカ依存症です。日本も似た部分がありますが、少なくとも自衛隊は自立を望んでいる。自分たちにできることは全部自分たちでやる気でいるし、その能力を持っています。自立を邪魔する存在は、憲法9条、偏向したマスコミ、無責任な野党、無知な国民、そして、それらのバックに見え隠れする中共です。

 韓国は北朝鮮との関係から米軍の重要性を認識しているわけですが、日本も状況は似たようなものです。北朝鮮のミサイルはいつでも飛んで来る可能性があります。加えて中共の脅威も増している。しかし、国境を接している韓国と比べれば、日本は海に囲まれ70年間平和だったこともあって、隣国の脅威について鈍感すぎます。重要な事実を知らされて来なかった結果かも知れませんが……。

■サイバー攻撃の脅威

 いまだに「日本には平和憲法があるから戦後70年平和だった」という人がいますが、完全に間違いです。あれは「平和を願う憲法」であって、平和を守る力はありません。

 国際法を無視して周辺国に武力侵攻し、そこの民族を虐殺したり、自国からはるか離れた海域の岩礁を埋め立てて領有権を主張するような連中が、なぜ他国の憲法の条文を尊重するなどと呑気に考えられるのか。楽観する思考回路が全く理解できません。中共は自国の憲法すら守りませんよ。

 日本は70年間戦争がなかったと言いますが、本当にそうでしょうか。まず竹島を侵略されて奪われています。あれは韓国との「竹島戦争に負けた」のです。

 では、それ以外では平和だったのか。違います。すでにサイバー戦争が始まっています。従来のハッカーは東ヨーロッパやロシアが中心で、ハッキング対象は産業的なものが多かった。しかし、最近のサイバーテロ犯の多くは中共です。

 これがどれほど危険なことなのか。2009年にイスラエルがイランの核施設のシステムに侵入して強制停止させたことがありました。もはや実質的な攻撃であり、本格的な戦争の前哨戦です。

 例えば、東日本大震災の後、東京23区の大部分では停電しませんでしたが、他の東電管轄域では計画停電がありました。日本にはそれが可能な集中システムがあるのです。日本全土が停電したら、あらゆる機関は停止します。もし北京から日本の電力網をリモートコントロールされたら、とんでもないことになります。

 そういう意味では、現代社会は非常に脆弱です。電力網を狙われて全国的な停電が起きることで、もしかしたら自衛隊がまともに動けなくなるかもしれない。政府機能がいっさい止まってしまうことも考えられます。もしそんなことになったら、中共は何の苦も無く尖閣諸島を占領できるのではないでしょうか。

 もっと深刻な状況もありえます。例えば原子力発電所のコンピューターシステムに入り込んで、暴走させたらどうでしょうか。間違いなくパニックが起こるでしょう。パニックの最中に火事場泥棒を行えば、沖縄や尖閣諸島はあっさり奪えます。かつて原爆が投下された直後に対日参戦し、火事場泥棒を行った国がありました。このような最悪のシナリオを絵空事と笑い飛ばせるでしょうか。

 それから中共がもう1つ怖いのは、中共の人民解放軍は、国の軍隊ではなくて、共産党の軍隊だということです。

 なぜ共産党の軍隊だと危ないのか。それは共産党内部が腐敗しているからです。一党独裁は生ゴミと一緒で必ず腐敗します。それが自然の摂理です。腐敗した党の軍隊は同様に腐敗していきます。習近平主席が浄化しようとしていますが、あまり深入りすると彼自身に危険が及ぶかも知れません。そもそも、あれだけ腐敗した中国共産党のトップの座に、清廉潔白な人間が就けるとも思えない。習近平氏の本当の目的は権力闘争です。

 また、人民解放軍は世界で一番商売熱心と言われ、各種学校から飲食業まで、さまざま企業や施設を運営しています。商売のために戦争を起こすこともありえるし、軍隊が地域ごとの派閥によって分かれていることも不安要因です。ですから、いつどこで、何の理由で軍が暴走するかも分からない。あの国は核兵器も所有していますから、万が一、軍が暴走するようなことがあったら、果たして中央が抑えきれるのかどうか。平時であっても、シビリアンコントロールならぬ、共産党コントロールができているのかどうか、怪しいところです。

 それと、中共の「国防動員法」も気になるところです。日本ではよく知られていないようですが、戦時中の日本にあった国家総動員法みたいなもので、2010年に制定されています。1997年に施行された国防法を補完するもので、「祖国を防衛し、侵略に抵抗する」ため、あらゆる分野を統制下に置き、物的・人的資源を徴用できるというものです。戦時だけでなく平時でも適用できますし、基本的に全ての中共人民を民兵にできます。中共国内にいる人間にとどまらず、国外の人間にも適用できるのです。そのうえ、外資系企業にも適用されます。したがって、中共軍の意志ひとつで、大陸にある日系企業の技術や資産の全てを、中共軍のために提供させられるのです。

 2008年長野市で北京オリンピックの聖火リレーが行われました。あの時、沿道にはチベットやウイグルを支援して中共に抗議する団体が集結。そのカウンターとして、中国人留学生など4000人が集まり、両者間で暴行事件がありました。中共大使館が留学生などに大量動員をかけた国防動員法の実験だったともいわれていますが、日本の報道機関はほとんどニュースにしませんでした。

 確証はありませんが、動員をかけなければ、あれほどの人数が長野に集まるわけがありません。パリやサンフランシスコなど、世界中の複数の都市で、中共の国旗である「五星紅旗」が長野と同じように打ち振られたのですが、この件についても、日本国内の報道はなかった。尖閣諸島における示威行為も中共にとっては実験のひとつで、あの国は時々そうした実験めいたことを行うのです。オリンピックの聖火リレーであれだけの動員が出来たのだとしたら、有事の際はどうなるのか。中共国籍の在日中国人は70万人近くいる上、爆買いの観光客もいます。

 中国人全員を敵として見ろとは言いません。ただし中共政府については、日本の安定及びアジアの安定を脅かす可能性を持った存在であることは絶対に忘れないほうがいい。そういう国が隣にあって、日本国内でも様々な工作活動を行っている現実を、日本人はもっと脅威として感じるべきではないでしょうか。

【特集】「『最も危険な国』中国の臨海」より

ケント・ギルバート
1952年米国アイダホ州生まれ。71年ブリガム・ヤング大学在学中にモルモン教の宣教師として初来日。80年同大学大学院卒業後、国際法律事務所に就職。法律コンサルタントとして再び来日する。

新潮45 2015年9月号掲載

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