山本夏彦『夏彦の写真コラム』傑作選 「崩御か薨去か死去か」(1989年1月)

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 すでに鬼籍に入ってしまったが、達人の「精神」は今も週刊新潮の中に脈々と息づいている。山本夏彦氏の『夏彦の写真コラム』。幾星霜を経てなお色あせない厳選「傑作コラム集」。

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 一両年前から新聞はひそかに陛下だの殿下だのと書きだした。それまで天皇は天皇、皇太子は皇太子と呼びすてにしていた。あれは国民にも呼びすてにせよと暗(あん)にすすめていたのである。

 それを改めたのは陛下のご不例が近いとみたからで万一なくなったときは何と書こう。崩御か薨去か逝去か。死んだと書けというものがあるが、さすがにそれはとりあげられなかった。もし死んだと書いたら読者の多くは去るだろう。

 それにもかかわらず崩御とは書きたくない。崩御は陛下に奉る最大級の敬語である。これまで呼びすてにしていた手前逝去ぐらいにしたいが、もし「読売」が崩御を用いて「朝日」と「毎日」が用いなかったら読者の反感を買って読者は移るかもしれない。

 一部当り何千円もかけて読者を奪いあっている新聞が、死去の字句だけで読者を失ってはたまらぬ。くやしいが崩御を用いることにしたのである。その前ぶれに陛下殿下妃殿下を用いて下地をつくっておいたのである。何という卑しい心根だろう。テレビは新聞のまねっ子だからここでは問題にしない。

 以上わが国の新聞はいまだに進歩的なのである。進歩的とは社会主義的ということで、記者は新聞労連の傘下にありそれなら日教組や国労動労の味方だから、これらの不利は書かない。

 韓国はアメリカの軍事傀儡政権で社会党はこれを国家として認めてない。認めていたのは北朝鮮のほうで、その韓国がオリンピックの主催国になったので窮地に陥ったことはご存じの通りである。新聞も同じく窮地に陥るはずなのに陥らないのは、知らん顔して騒げばいいと知るからである。

 韓国の近代化は朴正煕治下で行われた。してみれば朴大統領は何者かだと私は察するが、新聞もテレビも何ひとつ言わなかったから知らない。韓国の報道は金大中とキーセン旅行にかぎったことはご存じの通りで、新聞の知らせる義務とやらはかくの如しで、新聞記事は原則として無署名だから誰が書いたか分らない。記者にも編集長にも社長にも責任がないこと、戦前と全く同じだと恐縮だが何度でも言わせてもらう。

 新聞は年始に皇居前に何千何万の大群が集るのを知っている。ご病気と聞けばさらに集るだろう。老人だけならいいが若者も集るのを見れば、新聞は彼らの機嫌を損じることは書けない。かくて崩御の氾濫になったのである。

 その代り朝日新聞はその直系である「朝日ジャーナル」に勝手なことを書かせることにした。朝日ジャーナルでは依然として陛下はヒロヒトであり、南京虐殺は三十万人である。

 よかれあしかれジャーナリズムは時代をさきどりするものである。すでに社会主義は時代遅れである。それは敏感な記者なら知っているはずである。私はジャーナリズムを嫌悪しかつ軽蔑しながらなおなが年そのなかで衣食してきたものである。だから、せめて自分でも信じてないことを書くなと言いたい。

「鬼籍に入った達人『山口瞳』『山本夏彦』 三千世界を袈裟切りにした『傑作コラム集』」より

週刊新潮 2015年8月6日通巻3000号記念特大号掲載

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