猛暑を乗り切る「除菌と感染症」の最新知識――蒲谷茂(医療ジャーナリスト)

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 巷には除菌や抗菌、殺菌などの用語が氾濫し、まさに清潔ブームの真っ只中である。が、いつ何時、市販のグッズでは太刀打ちできない感染症が襲いかかるやも知れない。予防に万全を期し、猛暑を乗り切るための最新知識を、医療ジャーナリストの蒲谷茂氏がお伝えする。

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 私たち日本人は、とにかくきれい好きです。台所のまな板やスポンジは除菌しないとダメ、寝具はしっかり殺菌しましょう、電車のつり革は抗菌仕様――。生活用品から公共機関に至るまで、潔癖症の国民性はそこかしこに表れています。

 1980年代から、繊維製品、プラスチックやタイルなどに「抗菌加工」が施されるようになりました。90年代には一種のブームとなり、経産省のデータによれば、96年に6092億円だった抗菌加工製品の市場は、2003年には8603億円と、7年間で約1・4倍に成長。現在では、すでに1兆円を超えているとみられています。

 北里大学医学部の笹原武志講師(微生物学)によれば、

「『抗菌』とは、医学的には細菌の増殖を抑える作用を指します。増殖を止めるのは『静菌』で、『殺菌』は文字通り細菌を殺すこと。サンプルとなる対象物に付着する細菌の数を時間の経過とともに調べ、ある程度の数が減っていれば抗菌作用があるといえます。その数が増えていなければ静菌、ゼロになっていれば殺菌の作用が認められることになります」

 薬事法で定められる消毒薬などの医薬品や、薬用せっけんなど医薬部外品においては、「殺菌」の表現が用いられますが、洗剤や漂白剤などの雑貨品には使うことができません。そこで、増殖可能な菌を有効数減少させるという意味の「除菌」が登場します。

 家庭用合成洗剤のうち、台所用と住宅用については06年、洗濯用洗剤については13年、除菌効果のない製品と比べて黄色ブドウ球菌と大腸菌の生菌数を100分の1以下にさせるという「除菌基準」が、公正取引委員会によって承認されるに至りました。

 一方で、細菌を蛇蝎のごとく嫌いながら、私たちの体内には細胞よりはるかに多い、およそ1000兆個の細菌が棲みついています。中には腸内の「善玉菌」など、健康を保つ上で不可欠な菌もあり、よって共存が肝要なのですが、体内で悪さをする細菌は、極力なくしたいものです。

 身近では、そうした“悪”の代表として口腔内に棲息する「虫歯菌」「歯周病菌」が挙げられます。古来、人類が最も悩まされてきた病気といっても過言ではありません。それでも歯科で、

〈菌の検査をしましょう〉

〈菌をなくしていきます〉

 などと言われた経験は殆どないはず。何故なら従来、それらの菌を減らすことが重要だとは考えられてこなかったからです。

 国内で最初となる「除菌外来」を13年4月に開設した、鶴見大学歯学部の花田信弘教授は、

「虫歯も歯周病も、歯の表面で起こる病気なので、表面の細菌を減らすことが何よりも重要です」

 赤ちゃんには歯がないのでそもそも虫歯菌はいません。ところが歯が生え、お父さんお母さんと接しているうち、両親の菌が口の中に移される。これが感染の仕組みです。

「かつて北欧で151名のお母さんを対象に、歯を徹底的に磨いて赤ちゃんに接してもらうという実験が行われました。その結果、成長した子どもの虫歯が半分に減ったのです」(同)

 日常生活では他人との接触があるため、人を介して感染する虫歯菌や歯周病菌を100%防ぐことは難しい。肝心なのは、前述したように歯の表面の菌を減らしていくことで、それには「3DS」(デンタル・ドラッグ・デリバリー・システム)と呼ばれる方法がきわめて効果的です。

「まずは歯型をとるため、樹脂でマウスピース状の『トレー』を作ります。次にその内側に抗菌剤やフッ素ジェルを塗り、5~10分間、歯にはめたままの状態で待ちます。すると、表面についた虫歯菌がなくなり、歯周病菌も減らすことができるのです。トレーは、すすぐだけで繰り返し使用が可能です」(同)

 花田教授らのチームが手掛けた実験では、3DSによって24万3000個の虫歯菌を、わずか780個にまで減らすことに成功。昨年、インドで開かれた世界歯科連盟の会議でも、その成果が報告されました。

 口腔内の細菌は、放置しておくとアルツハイマーや糖尿病などの原因にもなり得ます。栄養、運動、休息という病気の根本療法に加え、歯の除菌がより重要になってきているのです。

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