なぜか疎外されている 「集団的自衛権は合憲」の憲法学者座談会――長尾一紘×百地章×浅野善治

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「安全保障関連法案」は、法学者の間でも意見が割れている。とくに集団的自衛権の行使については「違憲」が大勢だが、しばし待て。目下、やや疎外されているものの「集団的自衛権は合憲」と主張する憲法学者には強い論拠があった。議論白熱の座談会をお届けする。

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「戦争に備えることは、平和を守る最も有効な手段の一つである」

 アメリカ合衆国の初代大統領、ジョージ・ワシントンの言葉は、決して他人事ではない。戦後70年間、日本は戦争とは無縁に過ごしてきたが、一方で東アジア地域を取り巻く安全保障環境は大きく様変わりしているからだ。

 昨年7月、安倍内閣は「集団的自衛権」の限定的行使の容認を閣議決定し、従来の「保有はするが行使はできない」との政府解釈を「限定的に行使できる」と変更した。

 集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する国際法上の権利」とされている。

 ところが、6月4日に行われた衆議院憲法審査会では、参考人として招致された3人の憲法学者が揃って「集団的自衛権は憲法違反」との見解を表明したことで、俄に注目が集まっている。

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百地章/日本大学法学部 教授
 憲法学者がここまで注目されるのは初めてじゃないでしょうか。もう、モテモテですよね(笑)。

浅野善治/大東文化大学大学院法務研究科(法科大学院)教授
 確かに、そうかもしれません。

長尾一紘/中央大学 名誉教授
 やはり、憲法審査会に招かれた3人が、揃って「違憲」との自説を述べたことが大きいですね。

百地:最近はテレビや新聞が憲法学者にアンケート調査を実施しています。最初が6月15日に放送された、テレビ朝日の『報道ステーション』で、198人を対象にして回答率は76%の151人。憲法違反とした人が132人で合憲は4人でした。次が7月9日と12日に調査結果を報じた「東京新聞」で、対象が328人で回答率は62%。違憲が184人に対して合憲は7人でした。さらに「朝日新聞」も、アンケートの結果を7月11日に紹介しています。対象者は209人で回答率は58%。違憲が104人で、合憲はわずか2人でした。回答率だけでなく、違憲とした人の割合が減っているのには2つの理由があると思います。調査結果が政治的に利用されていると感じる人や、憲法違反と考えていたものの、報道などを見聞きするうちに判断を留保する人が出てきたのではないでしょうか。

浅野:確かに「違憲」とする憲法学者は多いですが、では、具体的にどんな点が問題なのかについて、きちんと論拠に基づいて説明している学者はほとんど、いや、全くいないと言って良い。

長尾:かつて、自衛隊の存在が違憲と主張された時代がありました。いまや自衛隊は国民の間に根付いた組織で、時流に敏感な学者たちはもはや“自衛隊は違憲”と言いません。この度の参考人からは、彼らの自衛権に関する考えは余り変わっていないと感じました。

■論拠を示さぬ違憲論者

百地:話を衆議院の憲法審査会に戻しますと、自民党の推薦が早稲田大学大学院法務研究科の長谷部恭男教授。民主党の推薦が慶応大学の小林節名誉教授で、維新の党は早稲田大学政治経済学術院の笹田栄司教授を招致しました。それぞれ知られた存在ですが、浅野先生のご指摘の通り、彼らは具体的な論拠を示したわけではありません。

浅野:長谷部教授は違憲の理由として、「集団的自衛権の行使は許されないとしてきた従来の政府見解の基本的な枠内では説明がつかない」、「解釈の変更は法的な安定性をゆるがす」、さらに自衛隊が担うとされる後方支援について「外国の軍隊の武力行使との一体化につながるのではないか」との3点を挙げています。

百地:違憲と言うからには従来の政府見解の枠ではなく、憲法の枠を超えるという説明が必要です。また、法的安定性の確保は大切ですが、それが確保されないことが、どうして憲法違反になるのでしょうか。それに政府見解の変更は初めてではありません。例えば、憲法制定当時は「いかなる武力の保持も許されない」とされた戦力の保持も、「自衛のため必要最小限度の実力は保持できる」に変わっています。また、1961年の「自衛官は文民」との政府見解も65年には「自衛官は文民に当たらない」に変更されています。総理大臣の靖国神社参拝も「参拝が違憲との疑いを否定できない」から、85年に「首相の靖国神社参拝を合憲とする」に変わっています。

浅野:武力行使の一体化という点については、法令自体が違憲かどうかということと、法令が違憲に運用されるかどうかは別の話です。自衛隊が違憲運用される可能性を言い出したら、キリがありません。

長尾:長谷部教授はかつて、「独立国に固有の自衛権が存在するという議論はさほど説得力があるものではない」と発言していますが、一方で自衛隊は合憲との立場です。個別的自衛権の存在に懐疑的なのに、自衛隊の存在は認めるという不思議な主張もしています。

百地:小林教授にしても、集団的自衛権の行使について、08年には「集団的自衛は海外派兵を当然の前提にしている。この点で、集団的自衛権の行使は上述の憲法上の禁止に触れてしまう」から違憲と発言。ところが13年には「自衛権を持つ独立主権国家が『個別的自衛権』と『集団的自衛権』の両方を持っていると考えるのは、国際法の常識です。(中略)改めて『日本は集団的自衛権を持っている』と解釈を変更するべきでしょう」と合憲に傾いた。それが、翌14年には「現行憲法の条文をそのままにして、解釈の変更として集団的自衛権の行使を解禁することは、私は無理だと思う」と再び「違憲」と言い出した。彼の無節操ぶりには開いた口が塞がりませんよ。

浅野:まあ、それはそれとして……。笹田教授は「政府の解釈は無理を重ねて積み上げてきたガラス細工のようなもの」と説明して、「これ以上、積み上げると壊れてしまうから違憲」と言っています。論理の限界と言いたいのでしょうが、何が限界なのか、その限界を広げることが本当に違憲なのかという点の説明はありません。

長尾:この3人に限りませんが、違憲論者には海外の憲法やその歴史などを視野に入れて、日本と諸外国の憲法を比較する視点が欠けています。理由は簡単で、海外には個別的自衛権や集団的自衛権の保持を否定したり、行使を禁止する意見はありません。だから、比較をしようとすると自分の主張に不利になる可能性がある。それこそ海外の研究者からは「そんなことを言うのはお前くらいだ」と笑われてしまうでしょうね。

百地:彼らは根拠を示さないのではなく、示せないんです。9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」との一文を読んで、思考が停止しているんでしょう。現時点で集団的自衛権の行使は違憲とする憲法学者が多いのは事実ですが、合憲か違憲かは学者の数の問題じゃありません。あくまでどんな法理を根拠にしているかという「質」の問題です。

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 安倍内閣は「切れ目のない安全保障法制の整備」を掲げて、今国会に11本からなる、いわゆる「安全保障関連法案」を提出している。その狙いは抑止力の向上だが、背景の集団的自衛権の限定的な行使に関する解釈変更は、本当に憲法に違反しないのか。

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百地:そも集団的自衛権は国際法上の権利で、国連憲章51条にも「個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と明記されており、全ての国連加盟国に認められています。憲法でその行使を禁止することは可能ですが、日本国憲法も禁止していない。だから当然行使できるのです。とはいえ、憲法には9条の規定がありますから、例えば交戦権の行使はあくまで自衛権の行使の場合に限られるなどの制約が出てくることはやむを得ない。そのため政府は「限定的な行使の容認」としたのでしょう。

長尾:日本の憲法学者は9条に関する限り、まるでガラパゴス諸島の生物です。昭和20年代で思考停止してしまったようです。主権国家が当然保有する、集団的自衛権について賛成と反対の意見が対立していること自体が間違いで、世界中でも、こんな議論をしているのは日本だけ。国際的な基準に合わせるべきでしょう。集団的自衛権に反対する声があること自体が異常ですが、それを異常と認識しない人々もまた異常と言わざるを得ません。

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