〈手記『絶歌』〉亀と浦島太郎の像で「少年A」更生を信じた「関東医療少年院」元院長

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 元少年A(33)が敬慕してやまぬ三島由紀夫の小説に、こんな一節がある。〈その苦悩に虚栄心の白粉(おしろい)でもって化粧をほどこし、それを何か中途半端な、あいまいな、一種グロテスクなものに仕立ててしまう〉(『禁色』)。Aがものした手記『絶歌』の性格を的確に言い当てているが、そもそも彼は完全に治ったのか。2003年3月、仮退院を申請した関東医療少年院の元院長は、その更生を亀と浦島太郎の像で信じたというのだ。

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 去る2日放送のNHK『クローズアップ現代』は、「“元少年A”手記出版の波紋」と題し、その当否を問う内容だった。当番組に登場したのが、杉本研士氏(76)。他ならぬ関東医療少年院の元院長で精神科医である。

〈6年に及ぶ教育で杉本さんは少年の心の変化を確かに感じていたと言います〉

 というナレーションに続いて、杉本元院長は大要こう述べたのだ。

〈入ってきたときは、ものすごい怪獣がのたうちまわったみたいなものを作っていた。これね、退院間際に作った土鍋なんですよ。誰が見てもかわいらしく、おとなしい作品。少年の内面にある凄まじい葛藤がかなり収まっているな、と〉

 この土鍋こそが、冒頭に記した亀と浦島太郎の像なのだ。

「院の活動には陶芸の時間があって、粘土細工に色をつけて焼くまで行ないます。彼の作品は当初と比べ、だんだん変化していきました」

 と、杉本氏ご当人が次のように打ち明ける。

「ところでこれは、ただの土鍋ではありません。蓋が亀を表し、その甲羅の上に釣竿を持った人が乗っている。それが浦島太郎であり、要するに“長きに亘って横道へそれてしまったが、軌道修正して行く”というイメージなのです。いわば、彼の攻撃性が薄れたことの象徴と解釈できるでしょう」

■「他人事の発言」

 杉本氏が続ける。

「彼が患っていた性的サディズムは、治らないというのが定説。だが、我々は出来るだけ頑張った。いけるんじゃないか、戻し時ではないか。そう判断したから、仮退院の申請を出したのです」

 本当に更生したのか。その点について、『「少年A」14歳の肖像』(新潮文庫)の著者で作家の高山文彦氏は、

「手記は、必ず書かれなければならない『精神鑑定』と『医療少年院での日々』に触れていません。彼は真実と向き合えておらず、したがって更生できていないと感じます」

 と評し、こう断じる。

「彼は自分の内面を評価されることを怖れていましたが、その心の葛藤こそ記述すべきだった。さらに、少年院での6年間の変遷を語ることで、更生の足取りを示すことができたのに、それもない。手記は、真実へ立ち向かっていくにはあまりに弱々しく、しかもずる賢いやり方だと思います」

 ひるがえって、元院長を論難するのが、番組を見た「全国犯罪被害者の会」代表幹事代行の林良平氏である。

「粘土細工に変化が見られるから大丈夫と言いますが、果たしてそうでしょうか。今回は手記で済んだものの、私は再犯を心配しています。これから誰かを傷つけるようなことがあったとして、誰がどう責任を取るのか。何かが起きても、少年院に科されるものが皆無だから、杉本さんのように他人事の発言になってしまうのです」

 改めて、杉本氏にAの更生について聞くと、

「まだ完全に治っていなくて途中なんでしょう。不完全だけど、何とか社会でやっていけるのではないかとなれば、いつまでも拘束しておくわけにはいかない。私は神様じゃないんですよ」

 と一蹴し、Aの手記出版を悔しがるばかり。元院長ご本人が下した仮退院申請の甘さも、後ろめたさをもって生きるべきである。

「ワイド特集 天地の狭間のドタバタ劇」より

週刊新潮 2015年7月16日号掲載

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