【罪深いがんもどき論の真実】大場大「『がんは放置しろ』という近藤誠理論は確実に間違っている!」

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「病気をすれば医者の食いもの」(里見弴)と言うけれど、さらに口を極めて罵るのが、「がんは放置しろ」で名を馳せる近藤誠医師である。彼が訴える「がんもどき論」の真実、そして罪深さとは――。この3月末まで、東大病院で臨床医を務めた大場大(まさる)医師が喝破する。

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 医者を見たら死神と思え――。この挑発的な文言は、さる漫画のタイトルである。実は、その監修を務めるのが他ならぬ近藤誠氏(66)。慶応大医学部放射線科の元講師であり、自ら開いた3万2000円/30分のセカンドオピニオン外来で、「過去2年余の間に、4300件以上の相談を受けてきた」と胸を張る医師だ。

「がんは放置するべき」「手術は受けるな」「抗がん剤は効かない」「医者に殺される」など、刺激的なフレーズをちりばめた彼の著作の数々がベストセラーとなっています。このように、形をあれこれ変えながらも、同様のメッセージを繰り返し発信するそのふるまいは、あたかも宣教師のようです。

 こう話すのは、大場大医師(42)である。この3月まで、東大医学部附属病院の肝胆膵外科に所属していた外科医で、転移性大腸がん治療のスペシャリスト。腫瘍内科医のライセンスも併せ持ち、現在は、「東京オンコロジークリニック」(http://tokyo-oncol.jp/ 千代田区)院長として、がん患者への助言診療を行なっている。

 実際のところ私は近藤氏のことを、がん治療の専門家としては認識していません。というのも、“医師としての臨床実践”が長らく欠如しているからです。しかしその一方で、私の目の前にいる多くの患者さん達が、「近藤理論」に少なからず影響を受けている現実を目の当たりにしてきました。となると、違う土俵とはいえ、彼の存在を意識せざるをえない。

〈ひょっとしたら、そこには私の知らない真理や正義が隠されているのかもしれない。何らかの建設的な社会啓蒙や患者教育が考慮されているはず〉

 そうした素直さをもって、彼のこれまでの著書を手に入れ内容を読み進めると、そこにあったのは信じられないような非科学、バイアス(偏り)、観念、非合理のオンパレードでした。

 このような、いわば“思考の破綻”を誰かが指摘しないと本当にマズいのではないか。そう考え、一連の著作の検証を行なうことにしたのです。

 詳細は来月12日発売の『がんとの賢い闘い方「近藤誠理論」徹底批判』(新潮新書)にまとめられているが、ここではいくつかわかりやすい例を取り上げてみよう。

 近藤氏の代表的な「がんは放置せよ」という主張の根幹を成しているのが「がんもどき論」。要約すると、次のようになります。

 まず、がんには「本物のがん」と「がんもどき」がある。しかし、前もって区別することはできない。

 続いて、「本物のがん」は発見の時点ですでに転移しているので、基本的に治療をしても無駄。

 そして、「がんもどき」は放っておいても、転移しない。下手に手術や抗がん剤治療などをやるとかえって命を縮めるだけ。だから放置するに限る。なんとも狐につままれたような理論です。

 われわれが早期がんとして治療をして治った多くのものを、近藤氏は「がんもどき」にすり替え、放置が望ましいと提唱しているわけです。このネーミングは彼独自のものであって、言い換えれば、学問的にはまったく認められていません。

 もっともがんもどき論は、医学的な観点を取り除いて考えれば、実によくできた、ある意味では「無敵」の論理のように見えます。なぜなら、結果から「逆算」をした論法だからです。

 放置を実行した患者さんが亡くなれば、「進行(本物の)がんだったから何をしても無駄でした。むしろ放置したことで治療の苦しみを味わわなくて済んでよかったですね」と言えばよい。逆に、患者さんがそれなりに長く生きれば「がんもどきだったんですよ。慌てて治療なんかしなくてよかったですね。もっと早くに死亡していましたよ」と言葉をかけるわけです。

 どちらのケースでも、「ね、私の主張(がんもどき論)の通りでしょ」と言える。それが近藤氏の診療の実態です。この論理の前提条件は、進行がんはもちろん、早期がんも「治らない」ということ。ところが、そのようなカラクリを患者さんにしっかり説明している気配はありません。その場しのぎに、「早くには死なない」と繰り返すばかりです。

■主旨を都合よく変えて

 改めて言いますが、がんもどき論は個人の体験談に基づいた仮説に過ぎません。まともな医学論文の形で発表もせず、ただ一般向けに著作を量産しているだけで、前向きな検証作業が存在しない。検証のない仮説は、世間を騒がせた挙句、存在しないと断じられたSTAP細胞と同じです。したがって、これをベースに患者さん達が人生のかかった重大な選択判断をすることは「相当リスクが高い」と言えるでしょう。

 近藤氏が自説を展開するにあたって、好んで頻繁に持ち出す論文がある。それは、「オーストリアで観察された早期胃がんの患者7名を、何らかの理由で放置しても約1~3年は早期のまま変化がなかった」旨の結果が報告されているものだ(Lancet1988;2:p631)。

 わずか7名の患者をたった3年程度観察した研究。これが、どうして早期胃がんを放置してもよいとする根拠たりうるのでしょうか。この論文が掲載された『Lancet』は一流の医学雑誌ではありますが、引用されているのは30年近く前とかなり古いもの。当時のオーストリアの胃がん診断学は日本に比べて相当に発展途上であったことが予想されます。また、内容もたった25行で終わっている症例報告レベルで、大きく取り上げるほどの論文ではありません。そして、近藤氏は論文著者の主旨を都合よく変えて伝えています。

 この論文を見ると、「早期胃がんが進行するには、時間を要する場合もあるため、高齢者のようなハイリスクの患者にはすぐに手術を迫らなくてもよいかもしれない」とあるだけです。決してがん放置を推奨しているわけではありません。

 当節、早期がんと診断されれば、胃がん、大腸がん、乳がんでも適切な治療を受けることで90%以上は完治します。また、進行がんであっても、他臓器に転移がなければ治療の目標は変わらず完治のままです。確実に言えるのは、早期がんを放置すれば、進行がんへと高い確率で移行するということ。さらにその状態を放置し続ければ、転移を生じるまで全身に拡がってしまい、残念ながら完治というゴールから遠のいてしまいます。患者さんにとっての前向きな時間軸を完全に無視しているのが「近藤理論」の正体と言えるでしょう。

 この点について近藤氏は、「この論文は、がん放置療法の1つの根拠であるが、すべてとは言っていない」と回答した。

■「大事な情報を省く」

 そればかりではない。抗がん剤は効かないと主張するため、ジャーナリスト・立花隆氏と対談した際に、次のグラフを持ち出すのだ(図1)。グラフはパニツムマブという抗がん剤の効果について調べた臨床試験結果を示す。病気の段階は、すでに抗がん剤治療を受けていて、治療中に2回以上は病気が進行してしまった大腸がん患者に対して、さらに次の治療をどうするかという設定である。

 この試験では、「抗がん剤で治療する患者群」と「緩和ケアを受けながら抗がん剤治療を行なわない(ベスト・サポーティブ・ケア=BSC)患者群」とを前向きに比較した時に、治療をした方が本当に優れているのか否かを調査しています。そして具体的な優劣は、治療中に疾患が進行しないで生存している期間(無増悪(ぞうあく)生存期間)の長さで決めるのです。

 それで、後者に比較して前者は、46%も増悪あるいは死亡率を下げるという結果が出ました。つまりこの段階の治療においても、抗がん剤を使った効果が明らかに示されたのです。ところが、近藤氏はこれにクレームをつけています。その主張は「無増悪生存期間ではなく、全生存期間で比較しなくてはいけない」というものです。

 論文には、近藤氏が求める全生存期間を比較したグラフも掲載されている(図2)。彼はこれを呈示し、「全生存期間を基準にしてみた場合には、抗がん剤を使った群と治療をしなかった群には差がない」として、だから抗がん剤には意味がない――こう述べるのだ。確かに図2を見ると、抗がん剤を使った群とベスト・サポーティブ・ケア群にはまったく差がないように見える。しかし、大場氏によると、「彼は大事な情報を省いている」と言う。

 ここで比較されているのは、抗がん剤を使った群と絶対に使わなかった群の比較ではありません。実は、倫理的な側面が考慮されているのです。すなわち、抗がん剤を使わなかった患者の病気が「進行」した後は、それで主な評価は終わりだから、抗がん剤を後で使用してもよいとする「クロス・オーバー」試験が採用されたのです。

「がんがまた進行してしまったな」と気づいた際に、目の前に「効くかもしれない薬」があるにもかかわらず、「比較試験のため」という理由で絶対に薬を使用しないなんてことがあるでしょうか。少なくとも私ならば、「これだけ患者さんが元気ならば、今からでも使ってあげたいな」と考えます。

 実際に、この試験でも無治療群に割り振られた患者の多くは、がんの進行が認められた段階で、その後に抗がん剤が投与されています。結果的には76%もの患者が、この抗がん剤の恩恵をのちに受けていたことがわかりました。

 つまり、近藤氏が問題視する全生存期間の比較においては「抗がん剤を最初から使っていた患者群」と「無治療を通した患者群」を比べたグラフではなく、「途中から抗がん剤を使った患者を76%含む群」とを比べたグラフになっているのです。両者に差がつきにくくなるのは当然でしょう。このような背景を説明しないで「抗がん剤は効かない」の根拠にしてしまうのは問題です。

 近藤氏は、「“がんは小さくなったけれど、患者さんは死にました”というのはよくあることで、全生存期間を優先すべきです。クロス・オーバーを持ち出すのは、まともにやれば『生存期間の延長を証明できない』という思惑があるのでしょう」と弁明する。

 今度は、彼が抗がん剤を否定するために頻用する「自作グラフ」(図3)に注目しましょう。これは、

(1)約100年前の、放置された乳がん患者の生存成績
(2)転移した乳がん患者に対して、複数の抗がん剤を併用した場合による1次治療成績(近藤氏作成)
(3)転移した乳がん患者に対する抗がん剤(ドセタキセル)単剤による2次治療成績

 という3つの患者集団のデータを1つのグラフにまとめたものです。

 近藤氏は、(1)~(3)を比較したところ、抗がん剤を使用した(2)(3)よりも、放置した(1)の方が成績が良いと主張している。そして、「やっぱり抗がん剤には縮命効果はあっても、延命効果はない。放置したほうがいい」と結論づけるのだ。

 そもそも、時代も患者の背景もまったく異なる別々のデータについて、スタート時点を一緒にして比較するという手法には“バイアス”が多分にかかっています。また、それ以外にも彼の主張には問題がある。引用されている(1)の出典の論文を読んでみると、その結論には「治療をしないと半数が3年ほどしか生きられない。治療を受けることで生存期間も延び、さらには患者の生活の質(QOL)の改善までも得られる。終末期でもより苦しまなくて済む」とあるのです。

 一方で、この論文には「放置」と「治療」を比較したデータまでもしっかり掲載されており、そこでははっきりと「治療」した方が生存期間が長いことが示されています。

 つまり近藤氏は「乳がんは放置するよりも治療したほうが良い」という主旨の論文の中から、わざわざ「放置した」グラフ部分だけを切り取り、都合よく別のデータの上に貼り付けているのです。医師として持つべき科学的な視点は、どこへ行ったのでしょうか。

■「がん検診」も否定

 それではここから、がん検診の話に移ろう。日本ではおおよそ、2人に1人が一生のうちにがんと診断され、男性では4人に1人、女性では6人に1人ががんで死亡すると言われている。がん検診の最大の目的は、こういった状況を踏まえ、国民のがんによる死亡率を減少させることだ。

 しかしながら近藤氏は、「がん検診はやればやるほど死者を増やす」と噛みつき、早期発見を頭ごなしに否定しています。最近の極めつきは、子宮頸がん検診を否定するメッセージです。近藤氏曰く、「若い人で見つかっているのは、ほとんどがたいしたことのない上皮内がん」「病院は、金儲けのためなら、平気で患者の子宮を奪いとる」云々。

 子宮頸がん撲滅のために、世界中の医療従事者がいかに情熱を注いでいるのか、最近のエビデンス(証拠)を紹介しましょう。図4は、インドで15万人余りの女性を対象に、「子宮頸がん検診を受けた女性」と「無検診の女性」とを比較した臨床試験結果です。その観察期間は12年にも及んでいます。この検診は医療資源に恵まれた日本のような細胞診断ではなく、希釈した酢酸を子宮頸部に塗布するという簡便な方法によるものでした。その検診の結果、発見された初期の病変に対して円錐切除(子宮の頸部を円錐状に切除する)をすることで、子宮頸がんの死亡率を31%も下げることに成功したのです。このことは2年前にシカゴで開催された米国臨床腫瘍学会で発表されました。私も現地にいたのですが、世界中の優れたがん治療エキスパートが大勢集結するこの世界的学会において、発表後に聴衆からスタンディング・オベーションが起こったのです。

 にもかかわらず、この結果も、近藤氏は決して取り上げようとはしません。

 近藤氏が自身の思想や観念として、手術や抗がん剤治療、あるいはがん医療全般を否定するのは自由です。しかし、影響力を持った医師の立場としてそのようなメッセージを発信し続けるのは倫理的に許容されるものではありません。

 彼の常套手段なのですが、数少ない個人体験談、著名人の不幸なエピソードを根拠とし、誂(あつら)え向きの論文結果だけをつまみ食いして、飛躍した結論付けをする。そういった思考のクセはかなり問題でしょう。リスクを強調することで過度に恐怖を煽り、本来救える患者さんまでも救うことができないでいる事例が必ず存在しているはずです。

 冒頭の言に立ち返ってみて、死神と思われるのは医者全般なのか、それとも怪しい説で患者を惑わせる者なのか。読者ひとりひとりの理性的な判断に委ねたいものである。

週刊新潮 2015年7月9日号掲載

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