賄賂と裏金と汚職のハットトリックだった「FIFA」理事の饗宴

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 まるでデジャブが起きているかのようだ。かつてIOCが五輪招致で疑惑に塗れたのと同様、20年の時を経て、今度はFIFA(国際サッカー連盟)がW杯招致を巡り、汚職で大揺れである。その常軌を逸した賄賂と裏金で、FIFAの理事たちは饗宴にふけり――。

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 キッカケは、2011年の11月であった。

 マンハッタン五番街を愛用のスクーターで走るひげ面の男。ぬいぐるみのように丸々とした巨体は、行先の高級レストランのメニューで頭が一杯なのか、目つきの鋭い2人の男から尾行されていることに気が付かない。

「このまま脱税で刑務所に行くか、それともFIFAの不正捜査に協力するか?」

 やがて歩道に出たところで、男たちは彼の前に回り込み、そう告げた。2人はFBIと国税庁の捜査員、一方の肥満男はFIFAの元理事・チャールズ・ブレイザー。彼は逮捕されるか、あるいは、捜査に協力する代わりに自らの罪を軽減してもらう「司法取引」に応じるかの選択を突然、迫られたのだった。1時間ほど逡巡した後、ブレイザーが選んだのは後者の道。程なく、長年に亘って組織を蝕んできた汚職の実態について、詳細な供述を始めた――。

 さる5月27日、世界を震撼させた、FIFA幹部らの訴追劇。そこには、この日から4年に亘るFBIの地道な捜査があったのである。

「彼らの作成した起訴状は160ページ以上にも及びます」

 と解説するのは、全国紙の外信部デスクである。

「起訴されているのは14人。その中でFIFA関係者は9人で、現役副会長が2人、元副会長も1人含まれています」

 関係者にかけられているのは、1991年以来、各地域の国際大会において、企業に放映権などを与える代わりに、繰り返し、賄賂を受け取っていた容疑だ。また、「元副会長で“巨悪”と言われる、トリニダード・トバゴ人のジャック・ワーナーは、2010年W杯南アフリカ大会の招致運動の際、南ア政府の関係者から12億円のリベートをもらっていました。また、11年のFIFA会長選挙の際、ある候補者から工作資金として4500万円を受け取り、メンバーに配った嫌疑もかけられています。さらに、18年ロシアと22年カタールのW杯開催地選定についても、不正の疑いで捜査対象になっている。まさに疑惑は“底なし”の状態。賄賂の総額は185億円にも上ります」(同)

 しかも、そのワーナー元副会長は、テレビ番組の中で、「事件の内幕をすべて暴露する」「会長についても例外はない」と宣言。今回は訴追を免れたサッカー界のドン、ゼップ・ブラッター会長にも、司直の手が及ぶ可能性が高まってきた。スポーツ界の暗黒史に名を刻むスキャンダルのホイッスルが鳴らされたのである。

 しかし、スポーツジャーナリストの二宮清純氏が、

「これまでも疑惑が数多く明るみに出ていたのに、身内が関わっていながら、FIFAは見て見ぬふりをしてきた。何度も改革の機会がありながら、ここまで放置したツケは重い。抜本的な改革を導き出すまでには、あと5年はかかるのではないでしょうか」

 と言うように、腐敗は、決して昨日今日に始まったことではない。

「その発端は40年前に遡ります」

 とは、『ワールドカップは誰のものか』などの著書がある、サッカージャーナリストの後藤健生氏だ。

「それ以前のFIFAは、今ほど規模も大きくなく、欧州の上流階級の人間が集まる団体でした。観客が増えなくなるという理由で、テレビ中継にも消極的でした。しかし、1974年、ブラジル人のアベランジェが欧州出身者以外ではじめて会長になり、大きな方向転換を行うのです。実業家でもあったアベランジェはマーケティングに目を付けた。これまで、主にW杯開催国の企業が務めていたスポンサーを、コカ・コーラなどの世界企業に入れ替え、また、放映権を高く吊り上げてテレビ局に売りつけました」

 こうして、FIFAに巨額のマネーが入る仕組みが確立されていったのだ。

 後藤氏が続ける。

「さらに、アベランジェは、W杯に出場できる国をアジア、アフリカなどのサッカー未開の地へ開いていった。そしてW杯で儲けた金をそうした国々へ投じ、サッカー人気を全世界的なものにする一方、W杯開催をチラつかせることで、自らの権力基盤を盤石なものにした。アベランジェは98年に会長を辞めますが、その後をそっくり引き継いだのが、側近ナンバーワンだった、現会長のブラッター。彼も20年近く会長の座に居座り続けている。そればかりか、訴追の2日後にあった先の会長選挙でも難なく当選できるほど、権力を強めているのです」

■必要経費だ!

 金と権力が一人に集中すれば、その周辺に不正の温床が生まれるのは、この世の常。とりわけ、五輪をも凌ぐ巨大イベントとなった、W杯開催地の選定になると、投票権を持つ25名の理事に有形無形の圧力がかかるのは、当然のことであった。

 2002年から11年までFIFAの理事を務めた、小倉純二・日本サッカー協会名誉会長が振り返る。

「明確なルールが定められているわけではないので、選挙運動は自ずと熾烈なものになってしまいます。10年の南アフリカ大会の開催地が決定したのは、04年5月。この時、私は立候補国のプレゼンテーションが終わってホテルの部屋に戻るやいなや、携帯の電源を切り、フロントに誰からの電話も繋がないよう指示したのを覚えています。なぜなら、あるまじき“前例”があったから。実は、その前回の開催地決定の際、投票日の前の晩に、ある理事のもとへ各陣営から電話が殺到したのです。電話の内容は窺いしれません。身に覚えのないスキャンダルが突きつけられたのかもしれませんし、あるいは“裏金”が提示されたのかもしれない。しかし、彼はそれでノイローゼになってしまったのか、翌日の投票を棄権したのです」

 また、11年のFIFAの会長選。先に述べたように、候補者の一人が賄賂をばら撒いていたことが明るみに出て、上を下への大騒ぎになった時のことだ。

「私はその候補者に、後日、会ったので、“何であんなことをしたのか!”と問い質しました。しかし、彼は“あれは必要経費”“欲しい人に金を渡すのはおかしなことだと思わない”と言い張る。少しも悪いことをしたという意識を持っていませんでした」(同)

 こうした有様だから、FIFAでは、公正な選挙など期待できない。「袖の下」こそが暗黙のルールだったと言われても仕方ないのだ。

■ローマ法王も招待

 そして、こうして不正に富を得た一部の理事たちはそれを用いて、贅を尽くした生活を送っていたという。

 さる在米ジャーナリストによれば、

「例えば、ワーナーは、母国トバゴの首都の近くに、“街”と言っても良い広さの区画の不動産を所有しています。あまりにも広過ぎるため、彼は“貧しい人々のために”と、その一部を『ワーナー公園』として開放しているくらい。なぜかそこは“サッカー禁止”となっているそうですが……」

 訴追された現役副会長の一人も、米・ジョージア州にコロニアル風の豪邸を購入。この館にプールを作る時の費用も、アメリカのマーケティング会社からのものだったという。

 そして、何より財を築いたのは、冒頭の、司法取引によって罪を免れたブレイザーである。

「彼の住まいは、家賃月額180万円。ビル・ゲイツやビヨンセ、ハリソン・フォードなどが住むとされる、マンハッタンの超高級マンション『トランプタワー』です。また、同じく60万円を支払って隣の部屋も借り、飼い猫の遊び部屋にしている。プライベートジェットで世界を飛び回り、バハマ諸島の別荘には、ヒラリー・クリントンやプーチン、ローマ法王を招待していました。さらには、『北中米カリブ海サッカー連盟』からは、高級車のハマーも提供されていたばかりか、クレジットカードも提供され、7年間で30億円近くの金を遣っていました」(同)

 こうした放埒な生活から、彼は200キロの肥満に陥り、現在、大腸がんに苦しんでいるというのだから、悪行の報いと言っては言い過ぎだろうか。

 さて、そこで気になるのは、我が日本である。かくも激しくアンダーマネーがばら撒かれてきたFIFAという組織の中で、日本は果たして、どのような立ち振る舞いをしてきたのか。

「実は、日本にもある“疑惑”がかけられたことがありました」

 と、先の外信部デスク。

 今回の汚職が発覚する以前から、18年と22年のW杯開催地の選考に関しては、不正の疑いが指摘されていたという。そこで、昨年、FIFAの倫理委員会は調査に乗り出し、22年のW杯開催に名乗りを上げ、敗れていた日本もその対象となったワケだけれど、

「出来上がった報告書の中で、日本も、FIFA理事に“高額な贈答品”を贈ったと指摘されていたんです。しかし、よくよく読むと、その贈答品というのは、伝統工芸品の屋久杉で作ったサッカーボールのオブジェだとか……。金額も8万から24万といったレベルで、日本サッカー協会は、“外交儀礼としてのお土産”と説明していたし、FIFAも“選考には影響なかった”と判断しました」(同)

 これが仮に賄賂のつもりで贈ったとしても、先の12億の“相場”からすれば、5千分の1程度と、失礼ながら鼻糞のようなもの。別に不正を働けというつもりはないけれど、この“うぶさ”にこそ、サッカー小国・日本の交渉力の実態が透けて見えるような気がするのだ。

 権謀術数渦巻くFIFAの中に、徒手空拳で臨んでいるかのように見える日本。それは“正直”と称賛されるべきことなのか、それとも、上に“馬鹿”を付けて揶揄されるべきことなのか――。

「特集 賄賂と裏金と汚職のハットトリックだった『FIFA』理事の饗宴」より

週刊新潮 2015年6月18日号掲載

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