元「警務官」が実名告発! 総理官邸のお笑い警備体制――丸腰の巡回なし! スマホでゲーム! 窃盗見逃し!

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 一国の中枢たる総理大臣官邸の屋上に、小型無人飛行機「ドローン」が落下していたのには驚かされたが、そもそも官邸の警備体制は、驚くどころか笑ってしまうほどずさんなのだという。今年3月末まで官邸警務官を務めた花堂秀幸氏(61)が実名で告発する。

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 安保法制について説いた安倍総理は「国民の命と平和な暮らしを守り抜く」と、総理官邸で語ったが、官邸というお膝元が安全でなければ、そんな決意は絵に描いた餅になってしまうだろう。実際、先月もドローンが飛んできた。だが、官邸詰めの記者に聞けば、

「以後、屋上に警視庁の官邸警備隊が常駐するようになりました」

 と言うし、その警備隊については、首相官邸のホームページで、〈テロなどの不測の事態に万全を期した態勢をとっています〉と自画自賛しているから、もはや心配は要らない――。そう思いがちなところだが、今年3月末まで官邸警務官を務めた花堂秀幸氏によれば、トンデモないという。

 その告発に耳を傾ける前に、官邸の警備体制について、先の官邸詰め記者に概観してもらう。

「外周は官邸警備隊が見回り、総理の身辺は警視庁警備部警護課のSPが警護している。一方、5階建ての官邸の出入り口と内部の警備は、総理大臣官邸事務所が雇う官邸警務官の担当です」

 その「官邸警務官」がマズいと、花堂氏は訴えるのである。

「警務官は4班に分かれ、1班に約20名いるから、全体で80名ほどですね。ただ、年配が中心で60代が一番多く、武道経験者も非常に少ない。それどころか、病気かなにかのせいでさっさと歩けない人さえ入ってきました。その人はクビになったけど、警備専門職と言いながら、警備に対する知識も技術もない人が中心なんです」(花堂氏)

 そう語る花堂氏は、1976年に國學院大学を卒業し、警察学校を経て警視庁に入庁。浅草署の警務課を最後に退職するまで、特別機動隊にも所属し、武道小隊長などを経て、剣道の腕前を7段にまで高めたという。

「2012年2月に退職する際、警視庁本庁で非常勤の警務官の仕事を紹介され、官邸内で形式的な面接を受けて採用されました。一緒に入ったのは警視庁出身が5人、皇宮警察出身が3人、自衛隊出身が2人だったと思います。ただし、常勤の警務官は自衛隊出身者が多いですね。

 警務官の組織ですが、各班の上に総括警務長と2人の副総括がいて、各班には警務長、警務副長、副長補佐、常勤の警務官、そして私のような非常勤の警務官がいます。勤務のローテーションは、朝8時10分から翌朝8時半まで拘束される当番、明けの非番、朝から夕方まで勤める日勤、そして休日、という順に展開し、土日は休み。ただし月に1、2回、特出といって特別に出勤する日があります。

 当番の日は“早寝”といって、17時から23時半ごろまで寝てから働くケースと、逆に23時半ごろまで働き、夜中の12時から朝6時ごろまで“遅寝”するケースがある。早寝の場合、夜中にずっと起きていなくちゃいけないので、居眠りしている人がいますね」(花堂氏)

 で、彼らの任務は、まずは官邸の門を固めることだというのだが……。

「まず、人の出入りが最も多い北門は、金属探知機のところに民間警備会社から派遣された女性が2人いて、X線検査機にも警察官が1人いる。それ以外に、12人ほどの警務官が配置されています。正面玄関には、総理以下、官房長官や官房副長官、首相補佐官らが官邸内にいるかどうかを示す電光掲示板を操作する係をはじめ、警務官は7人ほど配置されている。ただ、人の出入りをきちんと報告しない人や、スマホでゲームをやっている人もいます。

 また、西門は、朝は職員の出勤で、昼は食堂に食材を運んだり、建物のメンテナンスをしたりする業者の出入りで忙しいのに、配備されている警務官はたった5人ほど。門を開け閉めする機動隊員が1人、その背後に官邸警備隊がいるとはいえ、心許ないですね。以前はあったという車両用の金属探知機は今はなく、業者の車は登録証を持っていれば、検査も受けずに入れます。だから、車に爆発物でも積まれていたらおしまいだし、車の中に誰かが隠れていたってわかりません。改善すべきだと上司に進言しても、『言われたことだけやればいい』と諭され、まったく聞き入れてもらえませんでした」(花堂氏)

■上司の前でもお構いなし

 実際、西門から“不審車”が入ってしまったことがあるのだという。

「私が勤務して1年経つかどうかのころ、官邸の車に続いて不審車が入ってきちゃったことがあったんですよ。前を走る車のために機動隊員が門を開け、警備隊もOKを出したところ、一緒に入ってきてしまった。いったん入れば、1分もかからずに正門にも公邸にも行けるんです」(花堂氏)

 数年前まで、官邸で要職を務めていたさる政治家が回想して言う。

「私自身、官邸の警備に不安を抱いたことがあります。周囲こそ警備隊や機動隊が守っていますが、そこを突破されてしまうと、構造的に万全の警備が難しくなると感じました。たとえばテロリストを乗せた車が門を突破してしまうと、そのまま正面玄関前に横付けできる。すると、官邸に突っ込むことも可能ではないかと。警務官には意識を働かせませんでしたが、それほど弛んでいると気付けなかったことこそ、問題かもしれません」

 続いて、花堂氏が「中央」と呼ぶ官邸の建物内部の警備はどうなのか。

「中央に配置された警務官は、3階と5階、そして公邸に分かれます。3階は総括、副総括が待機するほか、2人の警務官が、10台以上の監視モニターをチェックしています。ただし、モニター前でうとうとしている人や、スマホをいじっている人もいるんですね。そういう人は、上司の前だろうがお構いなしです。

 総理のフロアである5階は、総理がいるときはSPが警護していますが、普段は2名の警務官だけ。内閣官房参与らがいる4階には、我々は配置されません。不審者は誰も入って来られないはずだ、という建前なんですよ。また、公邸に配置される警務官は1人で、そこではテレビを見て寝ていられるんです」(花堂氏)

 警務官の制服は黒いスーツにグレーのネクタイ、白い手袋。ただし夏場はグレーの半袖シャツの“クールビズ”である。

「警務官は拳銃はもちろん、折り畳み式の警棒も携帯していません。いちおう警杖と警棒は各エリアに備えつけられていますが、上司から『使ってはいけない』と言われている。要は『なにかあったら逃げろ』と。私も勤めてすぐ、『ここはケガしたら補償がないよ』と言われました。

 また、官邸内の巡回も事実上ない。勤務を交替するときに巡りはしますが、『どこそこのカギが開いているか調べてこい』というくらいのもの。みなさっさと寝たいので、おざなりに歩いてくるだけで、酔っ払っていても勤まります」(花堂氏)

 危機管理論を専門とする青森中央学院大学の大泉光一教授が言う。

「昨年、官邸に呼ばれた際、大丈夫かなと思いました。警備には相手に脅威を与えるような雰囲気で当たらなければいけないのに、それがまるで感じられなかった。警務官が丸腰なのも、50年前ならともかく、容易に銃が手に入れられる世の中では役に立ちません。イスラム国をはじめテロの脅威がある中で、どうしてそんな状態のままなのか。これでは、金属探知機があっても、探知する前にやられてしまう。銃器を持った人間が守らなくてはダメです。日本は事が起こらないと対策を講じませんが、危機管理の観点から言えば、事前対策こそが重要です」

■窃盗事件と保身

 しかも、警務官の財布から現金が盗まれるという“事件”がたびたび起き、それすらまともに解決できないのだという。

「一昨年9月から10月、休憩室のロッカーに入れてあった財布から、お札が何枚も抜かれていたという“窃盗事件”が、複数回起きたんです。それを受けて、試しにロッカーの上に1000円くらいを置いてみた人もいましたが、やっぱり盗られた。

 ところが対策は、鏡をつけるとか、何時から何時まで休憩室に入れないようにするとか、その程度。あとは〈最近休憩室等で、物の紛失事案が発生していることから、各個人が経験した気になっている事、あるいは見聞きしたことで思い当たる点があれば些細なことでもお書きください〉という、誰も答えないようなアンケートを配っただけ。官邸事務所長が『不祥事がバレるとまずい』という保身から、警察に届けなかったんです。私は『これで終わらせるのか』と抗議しましたが、官邸事務所の幹部らは『(表沙汰にしたら)警務官制度がなくなっちゃうよ、それでもいいのか』と、脅しをかけてくるんです。

 窃盗事件は私が退職する直前の、今年3月にも起きています。このときは、私や被害者が『捜査すべきだ』と主張したのが功を奏したのか、警察の捜査が入ったんですがね」(花堂氏)

 ちなみに、花堂氏の給与は、額面で月額30万円程度だったそうで、ほかの警務官も似たり寄ったりだろうという。

 いずれにせよ、平和ボケ日本を象徴するかのような官邸の警備体制。一国の中枢を守るという意識が、無さすぎるというほかあるまい。

 初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏が言う。

「安保闘争があり、官邸やアメリカ大使館がいつも攻撃を受けていた我々の時代に比べ、今の危機意識はかなり鈍化しています。私が内閣安全保障室長だったころは、警備の人間が居眠りをしていれば、減給や懲戒処分にしていましたが、命の危機を感じるような経験に乏しく、危機感が育まれにくい今、現場で警備に当たる人に“こんなことは起きないだろう”“自分以外の誰かが見ているから大丈夫だろう”という意識が根づいてしまったように感じます」

 国家の安全を守るためには、鈍化した意識を改革することのほうが、安保法制の整備よりも先決なのではないだろうか。

週刊新潮 2015年5月28日号掲載

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