外務省「危険情報レベル1」でも「旅のプロ」が避ける観光名所

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 警備員がカフェでサボっているうちに21人の観光客がテロリストに惨殺されてしまう。これが、危険情報「レベル1」とされる国の実情である。外務省の情報があてにならないというのなら、本当はどの観光地が危ないのか、「旅のプロ」に聞いてみた。

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「チュニジアという国は、昔から欧米の観光客が集まりやすいようにリゾートを開発してきたのです」

 そう話す東京外国語大学の飯塚正人教授は、昨年まで3年連続で首都・チュニスで夏を過ごしてきたという。

「市内から20分ぐらい車で走ったところにビーチリゾートが広がっていて、そこには高級ホテルが並んでいる。地元のチュニジア人が立ち入らないような場所でフランスやドイツから来た観光客がバカンスを楽しむ。皆テロなんか起きるわけがないという雰囲気だったのです」

 今回、銃撃事件が起きたチュニジアは、外務省の「渡航情報」によると、4段階ある危険情報の「レベル1」となっている地域だ。

 これは、「十分注意してください」というカテゴリーだが、他の国で言えば中国内陸部やメキシコの一部と同じ。北アフリカの大半の国が「レベル4」や「レベル3」といった危険地帯に指定されているなかで、物見遊山で行ける数少ない場所の一つだったのである。

 現代イスラム研究センタ一の宮田律(おさむ)氏によると、

「チュニジアも“アラブの春”で2011年に政権が崩壊しましたが、他のアラブ諸国に比べて大きな混乱がなかった。新政権が軍や警察を旧体制から引き継ぐことに成功し、経済を支える観光客も比較的早く戻ってきたのです」

 だが、事件でも分かったように、一皮めくればテロの温床はしっかり残っていた。

 今回の事件はイスラム過激派「アンサール・シャリーア」と関係のある者たちによる犯行とみられているが、2002年には過激派による自爆テロでドイツ人観光客21人が死亡するという事件が起きている。また、チュニジアからは「イスラム国」に約3000人もの戦闘員が参加しており、テロリストの輸出国という“裏の顔”もある。

 事件では、バルドー博物館の警備員がサボって現場にいなかったことが分かっているが、レベル1の国といっても、これが“実情”である。

 だが、そもそも「危険情報」だって、あてにならないと明かすのは、当の外務省の関係者だ。

「危険情報は領事局の管轄で、大使館からの情報をもとに作られています。しかし、実際には1人で40カ国前後を担当するなど、国ごとに詳細な分析が出来ているとは言えません。ともすれば大使館員の雑感程度の情報でレベル分けされている国も見られ、はっきり言って天気予報より当たらないというのが省内の評判なのです」

 また、今回の事件の犠牲者らはクルーズ船で地中海を回るツアーの参加者だった。

「10年ほど前からクルーズ旅行はヨーロッパで大人気です。飛行機代を入れても十数万円でリッチな気分を味わえますから日本人客も急増しているのです。特に地中海クルーズは、今回の寄港先のチュニジアのほかにモロッコ、ギリシャ、スペインなど古代ローマの遺跡を一度にめぐることが出来るからお得感もある」(大手旅行会社のツアーコンダクター)

 その寄港先は、レベル1の国か、危険情報のリストに載っていない地域となっているが、これを鵜呑みにしてはならないことは先述のとおり。

 たとえば、チュニジアと同じレベル1の北アフリカのモロッコ。この国にはマラケシュの旧市街など、9カ所の世界遺産があることから、クルーズ客に人気の寄港先だ。一方、「イスラム国」に戦闘員を送り出している数では3番目に多い国でもある。

■欧米人には近づかない

「大規模なテロ事件は起きていませんが、モロッコにはイスラム過激派組織で軍事訓練を受けた連中が200人もいることが分かっています。今年に入って一部の活動家が逮捕されていますが、十分テロの萌芽があると見ていいでしょう」(国際開発センター研究顧問の畑中美樹氏)

 フランスの旧植民地だったことから、カサブランカなどの街にはカフェが軒をつらねている。

「そういう場所は完全にノーセキュリティです。銃撃でもされたら逃げようがありません」(前出の宮田氏)

 アクロポリスなどで世界的に有名なギリシャはどうか。この国はシリアとも近く、イスラム教徒の不法移民も少なくないが、外務省は危険情報を出していない。

「ギリシャは2010年の経済危機以降、犯罪が増加していますが、それより気になるのは、警備の手薄なところなのです」

 とは前出のツアーコンダクター氏。

「ギリシャでの観光は博物館や美術館より遺跡巡りが中心になります。つまり、建物内より警備がやりにくい。アクロポリス遺跡などは手荷物のチェックもなく、チケットさえあれば誰でも入れる状態です。警察官も立っているのですが、大きな荷物を持っている人でもチェックしているのを見たことがありません」

 巨額の債務を抱えたギリシャでは、EUとの関係がどうなるのかが一番の関心事で、「イスラム国」やテロは二の次なのだとか。

「イビサ島やマラガといった人気の観光スポットが多いスペインも、これからイスラム過激派によるテロのターゲットにされるのではないかと心配です」

 そう語るのは、マドリッド在住の日本人駐在員だ。

「スペインは04年にマドリッドの列車爆破事件、08年のバルセロナの地下鉄自爆テロ計画の発覚といった苦い経験があります。にもかかわらず警備が強化されていない。マドリッドのプラド美術館など大きなところはX線検査をやっていますが、地方の施設はチェックなし。フランスでシャルリー・エブド襲撃事件が起きたばかりなのに、危機意識の低さは驚くほどです」

 先のツアーコンダクター氏によると、そのフランスでさえ、警備の甘さが目立つのだという。

「これから観光客が増えるシーズンですが相変わらずユルい。事件から間もないのにパリのルーブル美術館では、さっそく泥棒が出没してますから」

 今回のテロ事件では、観光産業に打撃を与えることがテロリストの目的だとチュニジアの首相も認めている。だとすれば、安全と言い切れる観光地はどこにもない。それでも、これから海外旅行をしたい人が、最低限気をつけておくべきことは何か。冒頭に登場した飯塚教授によると、

「まず“イスラム国”がターゲットにしている国を覚えておくことです。連中の機関誌『ダービク』にはアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリア人を襲うとはっきり書いてある。つまり、これらの国の人たちがバカンスでやってくる観光地が狙われると考えていい」

 ということは、欧米人の集まる場所には、なるべく近づかないこと。

「私もそうですが、欧米人の団体ツアーを見つけたら遠ざかるぐらいのことは心得ておくべきです。また、ターゲットになりやすい欧米資本のホテルを避け、地元資本が経営する宿に泊まることをお勧めします」(前出の宮田氏)

 意外なのは、シーア派イスラム教徒の多いイランなどは、むしろ危険度が低いのだという。また、イスラム過激派がビジネス上かかわりを持っているといわれるドバイも“金儲け”の場として使われるため、リスクは高くないのだとか。

 同じ海外旅行先でも、プロの見る「レベル1」は、ずいぶんと違うのだ。

週刊新潮 2015年4月2日号掲載

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