集落は× 別荘地は◎ 田舎暮らしの新しい提案――清泉亮(ノンフィクションライター)

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 住めば都と言う。だが、田舎暮らしとはすなわち、地元住民との果てなき異文化交流である。最初に移住した集落で“泥濘(ぬかるみ)”にはまった後、別荘地に移って心の平穏を得たノンフィクションライターの清泉亮氏。田舎暮らしの常識を覆す、その真率な告白をお届けする。

 ***

 好奇心に襟首をつかまれたわけでも、バラ色の人生を夢みたわけでもない。

 かの旅の汽車の車掌が
 ゆくりなくも
 我が中学の友なりしかな

 と、石川啄木が詠んだごとく、人口1000人弱の小さな集落である。

 いずれは農業をと熟慮を重ねた結果、私は長野県佐久地方にある山間の村に新天地を求めた。数年前のことである。しかしながら、そこで待ち受けていたものは、バカ高い国民健康保険料にプライバシーゼロの生活環境、そして集団行動の強制といった様々な“洗礼”だった。

 これは、昨年11月のリポート『住んでみなきゃ分からない田舎暮らし入門』でお伝えした通りである。

 その後、対人関係におけるストレスは耐え難いものとなり、矢も楯もたまらず、別荘地へ引っ越すことにした。差し当たって、この選択には満足している。その逐一を論じる前に、私が佐久地方の集落を去ることになった経緯から本稿を始めたい。

 2014年元日のことである。午前9時には村民ほぼ全員が公民館に集合していた。長老の訓示を拝聴し、万歳三唱するのだ。正月早々に背広を着たことなど、勤め人時代でさえ記憶にない。その後の歓談中、村民の口を衝いて出るのは、顔を見せなかった移住民に対する罵詈雑言ばかりであった。

「町内会費の払いが悪いくせに」「そのくせ、部屋の照明や暖房器具はいい物を使いやがって」「昼間はいっつもカーテンを閉めてやがって」「道普請(村内の道路掃除)では早く切り上げやがって」

 やれやれ、大晦日に飲み過ぎなくてよかったと胸をなでおろしたのも束の間、翌日にはこちらに火の粉が降りかかってきやがって……。

 役場前での地元消防団による出初め式。正月2日くらいはと自宅で休んでいたところへ、85歳になんなんとする古老が軽トラでやってきた。

「聞いてねえか」

 と口火を切ると、一気にまくしたてる。

「移住者は消防団に参加することって、役場から聞いてねえか。あんた、歳いくつだ」

「40をまわりましたが」

 と私。消防団は40歳で“兵役免除”となるはずが、

「年齢は関係ねえずら。参加するずら。友達もできるずら」

 口疾(くちど)に交わされた会話ののち、こちらの不見識を詫びる手紙を役場宛てにしたためると、数日後、世話役が自宅までやってきた。彼にあれこれと慰められたのだが、集落では特に夏のあいだ、会合や訓練などのイベントが目白押しなのだという。

「せめて夜は、星を見ながらゆっくり考え事をしたい。一応、それが仕事でもあるもんで。出られないこともあるかもしれません」

 と憚りながらこぼす私に、彼はこう当て擦るのだった。

「芥川賞でもとれたらな」

 要するに、著名でなければ、自宅に籠っての作業はおしなべて“遊んでいる”と映るらしいずら。

 これに加えて集落では、「返礼は倍返しせよ」といった悪弊が存在し、いきおい出費がかさむ。さらに前回書いた、地域によって差のある保険料も異様に高く、ボディブローのように効いてくる。こういった“障壁”とも折り合いをつける手づるが、私にはなかったのだった。

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