人類進化の視点から中年期を捉えなおす/『中年の新たなる物語 動物学、医学、進化学からのアプローチ』

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 多くの動物には、人間のような「中年期」はない。子孫を残すための生殖期間が終われば死を迎える。それなのに人間だけが、生殖適齢期を過ぎてから四〇年近く生きる。これは生物進化学的にも大きな謎の一つである。中年をめぐっては小さな謎もたくさんある。なぜ白髪になり、腹が出てくるのか。物忘れが増え、以前より一年を短く感じられるのはなぜなのか。はたまた、オヤジになると若い女性に手を出したがるのはどうしてか。

 本書は、そうした中年をめぐる大きな謎から小さな疑問までを、生殖生物学者であり動物学者でもあり執筆時四二歳の中年であった著者が、膨大な生物学の論文をベースに解き明かしていく物語である。本書の定義によれば中年期は四〇歳から六〇歳。当年とって五二歳の私はまさに中年真っ盛りの当事者だが、中年期を下り坂と捉えず「中年は進化の到達点」と説く著者の超ポジティブさに引きずられ、読後感は爽やかである。

 本書によると、中年の役割は文化の伝達者となることだ。遺伝子だけでは後世に残せない文化を伝達してきたから人間は進化した。そしてその中心的役割を担ってきたのが中年だ。芸の世界では中年期になると弟子を取るようになり、サラリーマンもこの時期に管理職となるのも理にかなっているということか。驚いたことに、「高齢者が後進を育てることに関心がない場合、それは病と死の初期兆候である可能性がある」とする研究もあるという。

 一つだけ小さな疑問についても紹介しておこう。中年はなぜ太りやすいのか。それは有史以来、常に食糧不足と対峙してきた人類が、繁殖終了後に食糧の倹約力を最大限高めてきた結果だというのだ。

 これまで語られてきた中年に関するネガティブな物語とは異なる本書は、元気を分けてくれる中年賛歌だ。あえて残念だったことを挙げれば、中年期に現れる加齢臭の問題について言及されていない点くらいだろう。

[評者]鈴木裕也(ライター)

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