日本の陸士が生んだ騎兵軍団の悲劇/『チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史』

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 一九三四年七月、「五族協和」を理念に掲げる満洲帝国軍政部は、南モンゴル東部に「将来蒙古軍の骨幹としてのみならず蒙古民族復興発展に貢献すべき初級士官を養成せんと」陸軍興安軍官学校を開校した。教練と教室での日常会話はすべてモンゴル語と日本語。優秀な学生は日本の陸軍士官学校に留学させ近代的な騎兵術を学ばせた。帰国後、教官となった彼らは「チンギス・ハーン精神」に基づきモンゴル騎兵隊を作り上げる。数頭の馬を乗り継ぎ長駆し日本刀を振りかざす精強な騎兵隊は、モンゴル民族独立の期待を担う希望の星でもあった。が、歴史は、苛酷な運命を彼らに課すことになる。本書は、騎兵隊員だった父親を持ち、日本の大学で教鞭を執る南モンゴル出身の著者が、現地調査と多くの証言を基に、この騎兵隊が辿った悲運の歴史を克明に描き出した労作である。

 一九四五年の日本の敗北によって、満洲国の支配下にあった南モンゴルは、当時、北モンゴルに成立していたソ連の衛星国「モンゴル人民共和国」との民族統一へと期待を膨らませるが、大国間の密約「ヤルタ協定」によって希望は打ち砕かれる。次いで、日本に替わり南モンゴルを支配した中国共産党は、「夷を以て夷を制す」としてモンゴル騎兵を侵略の先兵としてチベットに送り込み、大量殺戮により抵抗勢力を抹殺する。更に、帰国したモンゴル騎兵を「文化大革命」の最中、民族主義的偏向があると批判し大量粛清し、最終的に解体してしまう。

 本書からは、民族自決権を剥奪された故国に寄せる著者の痛苦の思いと、中国の少数民族政策に対する怒りがひしひしと伝わってくる。特に本書で描かれる中国共産党によるチベット弾圧の実態は残忍を極め衝撃的だ。本書は、中国占領下にあって今なお頻発する、チベット族やウイグル族による抵抗運動の背景を知るにも絶好の書となっている。血塗られた歴史の悲劇は現在も進行中だ。

[評者]山村杳樹(ライター)

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