「アベノミクス」の未来を悲観する「経済専門家」座談会

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「道徳なき経済は犯罪である」。江戸時代の農政家・二宮尊徳の教えを安倍晋三総理はどう聞くか。日本の累積債務は1000兆円を突破し、財政再建を訴えるアベノミクスの効果も期待薄。経済危機の到来は不可避と警鐘を鳴らす気鋭の経済専門家たちの白熱議論――。

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 総選挙は「景気回復、この道しかない。」と、財政政策「アベノミクス」を公約に掲げた自民党が圧勝した。第2次安倍内閣は再び国民の信任を得た格好だが、アベノミクスに悲観的な経済専門家たちの危機感は募る一方である。

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小林慶一郎/慶応大学経済学部教授
 いま、日本はとても不思議な状態にあります。目の前に重大な問題が横たわっていて、政治家を始め多くの経済学者もそれに薄々気づいているか、或いはすでに知っているのに、誰も何も言おうとしません。私の言う「重大な問題」とは国が抱えた膨大な債務、つまり借金のことです。

 日本は1992年を境に国の歳入と歳出の額が逆転し、以来、赤字の状態が続いています。政府はその分、国債を発行して、金融機関や投資家からお金を集めて穴埋めしてきました。長期債務残高は過去22年間で積もりに積もって811兆円。地方の借入金などを合わせると、実に1O10兆円に達しています。

池田信夫/アゴラ研究所所長・経済学者
 金融機関が国債を買う原資は、国民から集めた預貯金などが中心です。現時点で個人金融資産は1624兆4123億円ですが、言い換えれば、すでにその3分の2が国債に化けてしまっている。国民1人当たりの平均預貯金額は1200万円と言われていますが、そのうちの800万円はいつの間にか国に貸し付けられているということに他なりません。

 しかも、累積発行額は増え続けています。計算では、残りの3分の1の預貯金で国債を買い支えられるのはあと10年、2024年頃まででしょう。一刻も早く国債の発行を止めるか、額を少なくできるよう国の体質を変えないと、日本人の預貯金はすべて国の借金と化し、その時には国債の買い手がいなくなって国家財政は破綻してしまう。事態は極めて深刻ですが、安倍総理は事の深刻さを全く理解していないか、敢えて頬かむりしているように見えます。

田代秀敏/RFSマネジメント・チーフエコノミスト
 まあ、理解していないのは国民も同じでしょう。勤勉な日本人が戦後70年をかけて積み上げてきた巨額の貯蓄を、政府が国債という形で吸い上げているというのが現在の構図ですよね。

 本当は日本人全員が「自分の借金である」と認識しなければいけない重大な話なんですが……。幾ら書籍や講演などで訴えても、ほとんどの人にはピンとこないようで、正直、困ったなあと思っているところです。

小幡績/慶応大学ビジネススクール准教授
 今の状態が続けば、日本の財政は必ず破綻します。しかし、危機に警鐘を鳴らしても、一向に破綻しないじゃないか」と、逆に“オオカミ少年”と非難されます。破綻してから警告しても意味がなく、まだ破綻していないから警告しているのです。「市場に兆候がない」とも言いますが、それが出てからでは間に合わない。屁理屈で反論されて、なかなか実態に基づいた議論にはなりにくいですね。

■消費税は50%以上が必要

小林 ではまず、現在の財政状況を確認するところから始めましょう。平成26年度の一般会計予算は95兆8823億円。歳入の内訳は税収がおよそ48兆9450億円で、それに印紙収入などを合わせてほぼ50兆円です。そして、予算額に足りない分の9割に相当する41兆2500億円を特例公債や建設国債などの公債金収入で賄っています。歳入の4割以上を借金で賄っているのですが、それには少子高齢化の進行や団塊の世代が年金受給者に切り替わりつつあるなど、幾つか理由が挙げられます。とにかく、税収が伸び悩む一方で、年金や医療などの社会保障費が増大しています。サラリーマンで例えるなら、転職したりアルバイトをして収入を増やすか、生活レベルを下げて支出を減らす必要がある。もちろん、これまでの借金も返済しなければなりません。

 さて、国の財政の健全性を測る指標に「政府債務残高対GDP(国内総生産)比」というものがあります。EUでは「明確な景気後退の局面と判断されない限り60%を超えてはいけない」とされています。ところが日本は約500兆円のGDPに対し、債務の割合は231・9%。欧州で下位のイタリアでさえ146・7%、アメリカやイギリス、フランスなどの主要国は軒並み11O%前後で推移しています。先進各国も財政は悪化の傾向にありますが、その中でも日本の不健全さは突出しているわけです。

田代 日本の懐具合は先進国で最悪ということですね。1010兆円の累積債務は年間税収の21倍に相当しますから、年収600万円の家庭に1億2600万円の借金があるのと同じこと。とてもじゃないけど返せません。財政の健全化は日本の喫緊の課題です。とにかく、政府は国民に「これだけの増税や歳出カットをすれば、これくらいの期間で返せます」と、きちんと説明する必要があると思います。

小林 日本の借金の元利払い額は年約25兆円。借金の増加に歯止めをかけるとしたら、最低でも毎年発行される40兆円以上の新規国債分に、この利子を加えた65兆円から70兆円くらいを捻り出さねばなりません。これを、年金支給額の減額や、健康保険の自己負担分を増やすなどの歳出カットを一切行わずに増税だけで工面するとします。すると、消費税率は現状に27%を上乗せして35%にする必要がある。1%の増税で約2兆3000億円の増収が見込めるので、収支改善の見通しが立ちます。

田代 私も消費税率の引き上げは不可避だと思います。ただ、小林先生の仰るような歳出カットをしないケースでは、税率は50%以上に上げなければとても間に合わないでしょう。ちなみに今春の3%引き上げによる増収は5兆円程度、1%当たりわずか1兆円でした。まさに、焼け石に水です。

小林 なるほど。確かに27%の上乗せでは足りないかもしれません。この数字は実質2%の経済成長率が達成されるという政府の見通しを前提にしたものです。しかし、今の成長率は約1・5%。これを前提にすると、田代さんの試算の通り、50%とか或いはそれ以上の高い税率になりますね。

■行き着く先は「ハイパーインフレ」

池田 う一ん、それこそ昭和30年代の高度成長期のように、年間10%近い高成長の時代が再び来ても難しそうです。現実的には、増税だけで債務を返済するのは難しいと思いますが。

小林 確かに机上では可能だとしても、消費税が35%になると、赤ん坊から高齢者まですべての日本人が払う税額は年間100万円以上に達します。それが30年も40年も続くことを考えれば、政治家にこんな大増税はできっこありません。

小幡 現実的に政治家がやるはずのない消費税の引き上げを議論しても意味がありません。今度の選挙でも、与野党すべてが10%への引き上げさえ先送りしたのですから。

小林 増税も歳出削減もダメとなると、いずれ国債の買い手はいなくなって価格は暴落、金利は上昇し始めます。これは兆円単位で国債を保有している金融機関の自己資本を大きく削ぐと同時に、利払い負担を一気に増大させます。となるとメガバンクはともかく、地方銀行や信金・信組の倒産が始まる。日銀はそれを防ぐために金融機関が売りに出した国債を無制限に買い入れるでしょうが、すると通貨が異常なほど大量に出回って……。私は、その行き着く先は「ハイパーインフレ」だと考えています。

 ハイパーインフレとは、物価が緩やかに上昇する通常のインフレとは異なり、例えば1年ほどの短期間に物価が2倍や3倍に値上がりするインフレのことを言います。物価が2倍になればインフレ率は100%、10倍になったら900%です。

池田 ハイパーインフレには、国民生活を奈落の底に突き落とすような桁違いのインパクトがあります。日本は1945年の終戦直後に一度だけ経験していて、一時は400%を記録したといいます。物価は5倍に跳ね上がったわけですね。

田代 苦労して貯めた預貯金が、一瞬にして紙屑です。私はハイパーインフレの到来には2つのタイミングがあると思っています。一つは、新聞に「円安倒産」という見出しが連日躍るほど過度に円安が進んだ時。もう一つは、資産を海外に移す人が大挙して出てきたり、高齢者が預金を取り崩し始めた時です。いずれの場合も金融機関が破綻を防ぐために、自己資本を確保しようと国債を売り出し、その動きは誰にも止められません。

小幡 僕はハイパーインフレにはならないと思っています。その前に国債市場が破綻して、日本経済は一気に不況に突入していく。インフレになる暇もなく、実質的な財政破綻から不況に陥るからです。現状では国債市場は日銀の買い支えがすべてなので、日銀が買い支える量を減らした瞬間が破綻の始まりとなる。そして、いずれは日銀は買い入れを縮小しますから、破綻は必ず起きるのです。

小林 今後も、日本では年金や貯蓄で生活する65歳以上の非労働人口が増えていきますから、個人金融資産の目減りは加速するでしょう。ですから、将来的には政府も金融機関も、合計約250兆円の海外資産に手を付けて国債購入に充てざるを得なくなると思います。

池田 国内のみならず、海外の資産も失ってしまう……。ところで、外国との様々な取り引きにおける損得を示すものが経常収支ですが、日本は今、海外証券などの売却が好調なので、辛うじて黒字をキープしています。しかし、貿易収支は2011年から赤字が続いており、赤字は膨らむ一方。財政赤字を埋める、経常収支が赤字になるとピンチです。

小林 国内外の金融資産の低減と相まって、いよいよ国債を買う資金が枯渇してきます。それを知れば、外国人投資家は日本の財政危機を感じて、保有する84兆円の国債を売りに出すでしょう。国債価格は暴落して、金利は急上昇。当然、日銀は買い支えますが、その時には日本の金融機関も売りに走っている。日銀は811兆円すべての国債を買い入れるところまで追い込まれるかもしれず、行き着く先はやはりハイパーインフレしかありません。

 すべての国債を日銀が引き受けた場合、現時点で流通している約260兆円の3倍から4倍もの通貨が出回ることになり、その価値は3分の1や4分の1に下落します。ただ、インフレ率は通貨の流通量だけで決まるわけではないので、場合によっては1000%ものハイパーインフレに見舞われる可能性だってあるんです。そうなれば、国民1人あたり1000万円という資産が吹っ飛びますよ。

■3000万円の預金も10分の1に

田代 これ以後の考え得る政策は2つです。ハイパーインフレは預金封鎖などで貨幣の供給量を減らせば防げます。が、同時に急激な金利上昇で金融機関は経営が行き詰まり、融資が滞ったり、貸し剥がしも始まって倒産する企業が続出します。インフレ自体は収まるので物価は安定しますが、町には失業者が溢れる大不況に突入するのです。

 逆に、金融機関の破綻を防ぐには金融を更に緩和してハイパーインフレを放置すればいい。もちろん、経済は混乱を極めます。まさに、進むも地獄、退くも地獄。しかも、この時の国債金利はゼロとかマイナスになっている可能性が高い。これでは買い手はつきませんから、結局、日銀がすべてを引き受けることになります。

小林 もう一つ大きな問題があります。実はハイパーインフレになると、借金がある人は得をするんです。インフレ率が900%に達すると、物価は10倍になります。相対的に通貨の価値が10分の1に下がるので、借金の額も10分の1に減る。仮に3000万円の住宅ローンがある場合は、300万円に圧縮され、反対に3000万円の預貯金は実質300万円の価値になってしまう。無計画に借金を重ねてきた人が優遇され、堅実な生活をしていた人は過酷な仕打ちを受けることになる。債権者からお金を取り上げて債務者に与えるようなもので、殺伐とした世の中になるでしょう。

 ただし、先の住宅ローンの話には条件があって、返済が楽になるのは固定金利で契約していた場合に限られる。先ほど田代さんが指摘されたように、ハイパーインフレの下では国債金利はゼロかマイナスになっていると思います。一方で、金融機関はインフレ率が上がるほど債権が圧縮されて損をします。そのため、貸し出し金利はインフレ率を上乗せした非常に高い利率に設定しているはず。つまり、変動金利で契約していた場合は数十倍から100倍もの金利に跳ね上がる。家を手放すだけでなく、自己破産する人も出るでしょう。

小幡 繰り返しになりますが、僕はインフレになったとしても、ハイパーインフレには発展しないと考えています。その時間的余裕もなく、不況が来ますから、その時点で経済は凍り付くと思います。国債も発行できず日銀も動けず、“敗戦処理”になる。円安が進み、国債が暴落し、株安にもなる、いわゆるトリプル安が起こります。輸入品の価格が急騰し、ボーナスは削られる。ひどい不況になりますが、もはや財政も金融も出動などできませんよ。

池田 私も小幡さんと同じような考えです。ハイパーインフレヘの道筋は、可能性としてはあると思います。でも、戦後は先進国で一度も起きていません。日本では例外的に終戦直後に起こりましたが、それは敗戦で物資の供給ができなくなるという特殊な状況に陥ったから。今の日本とは事情が大きく異なります。

田代 ただ、海外の格付け機関が日本に厳しい視線を向けていることは確かです。

 米国のムーディーズは12月1日に日本国債の格付けを1段階引き下げて、中国や韓国より下の「シングルA」としました。日本国債の担当者が総選挙向け党首討論会を見て、「日本には財政再建の意欲が乏しい」と判断したからだと言われています。

 この先、海外の投資家たちが「日本政府は財政再建に取り組まないし、日銀には独立性を保とうという緊張感が欠けている」などと判断したら、格付けは更に下がります。その時、世界の信用を失った国債など、日銀以外に買うところはなくなっているかもしれません。その先はやっぱり……。

■安倍総理は財政健全化をしない

小林 皆さん、とにかく日本が財政再建を進めなければならないという点では一致していますね。消費税が30%を超えるのはかなり衝撃的なことです。でも、食材など生活必需品の値段が日に日に5倍とか10倍に値上がりしたり、預貯金が一気に消し飛んでしまうハイパーインフレに比べればよっぽどマシだと思うんです、物価が10倍になるということは、消費税率が1000%になるのと同じことなんですから。

小幡 でも、増税を先送りにした安倍総理が財政健全化に取り組むつもりなど1ミリもないことは、皆が理解しているところでしょう。2017年の10%の約束も反故にすると、本当の危機の始まりになります。国債が暴落し、日銀が買い支えても、むしろ信任がなくなり、円も国債もさらに暴落する最悪のシナリオです。

池田 政治に財政再建をする気がない以上、小林先生の言うハイパーインフレや、来たるべき大不況の到来に備えなくてはなりません。私が考える対処法は2つあります。一つは金融抑圧という、第二次大戦後のイギリスで取られた方法です。1945年のイギリスは対GDP比で250%もの負債を抱えていました。そこで国は金利を3%程度に固定して、10%から20%のインフレを3~4年続けたのです。通貨の価値は17%下がったので、債務はどんどん圧縮されました。

田代 もう一つは、どんなものなんでしょう?

池田 ズバリ、“徳政令”です。2011年にギリシャが国家破綻の危機に直面した時、ギリシャ国債を保有していた欧州各国の金融機関は債権の50%を自主的に放棄しました。これに倣うんです。例えばメガバンクは3割、地銀は2割、信金・信組は1割というように、一律に放棄する割合を決めて実施する。金融機関だけが大きな負担を押し付けられる強引な手法ではありますが、銀行はこれまで国債を買うだけで巨額の利益を得ていたのですから、それを吐き出すと思えば諦めもつくでしょう。

小林 日本では90年代に山一證券や日本長期信用銀行、北海道拓殖銀行などがバタバタと潰れました。誰もが「絶対に起きない」と考えていた大手金融機関の倒産が現実になったのです。これからは、財政破綻もハイパーインフレも「あり得ない」と安易に片付けることなく、あらゆる視点から対応を検討しておく必要があるということですね。

週刊新潮 2014年12月25日総選挙増大号掲載

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