山崎豊子さん一周忌 国民的作家が最後に問うたのは「戦争と平和」 遺作『約束の海』に今、再び注目が集まる

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 国民的作家・山崎豊子さんが、2013年9月29日に亡くなられてから、早一年となる。

「秘密保護法」の制定や、「集団的自衛権」の解釈変更に伴う論議の高まりを予言するかのような晩年の二つの小説、『運命の人』『約束の海』に、いま再び、注目が集まっている。

 山崎豊子さんと言えば、綿密な取材をもとにした社会派の骨太な作品で知られ、特に、大学病院の派閥争いとその権威主義に屈しない医師や患者の姿を描いた『白い巨塔』や、航空会社を舞台に大事故と逆境に立ち向かうサラリーマンを描いた『沈まぬ太陽』など、累計500万部を超える長編小説が多々あるだけでなく、唐沢寿明や渡辺謙らの主演でドラマ化もされ、大ヒットしたことは記憶に新しい。

 一周忌は、大阪・天王寺区にある藤次寺で行われるが、新たに建立された墓碑には、全作品名が刻み込まれ、ファンもお参りに出かけられるようにするという。

  命日が近づいたのを機に、毎日新聞は、「創作の牢獄から 山崎豊子の遺言」というタイトルの二回の記事のもと、遺作の『約束の海』等を取り上げた。真山仁さんは『白い巨塔』を読んで、「小説は一生をかけるに値すると、作家への道を思い定めた」と言い、山崎文学について「今こそリアルな小説だと思う」と語る。橋田壽賀子さんは「山崎さんは日本人そのものを描いた。必ず、心ある人に読み継がれていく」と話すなど、著名作家らが「いま、山崎文学を読む意義」について語っている。

 その他、テレビ・新聞各紙でも大きく取り上げられるなど、死してなお、日本社会に大きな影響を与え続けている稀有な作家と言えよう。

■最後に選んだテーマは「戦争と平和」

 その山崎さんが最後の作品『約束の海』で選んだテーマは、やはり「戦争」だった。

 この親子二代、百年近くにもわたる壮大な物語は、米ソ冷戦が終結を迎えつつある1989年から始まる。主人公は、潜水艦で任務に当たる海上自衛官。その父も、真珠湾攻撃で捕虜第一号になった経験を持つ元海軍士官。片や釣り船との衝突事故、片や部下の戦死と戦争捕虜という挫折と苦悩と再生を通して、「戦争をしないための軍隊」というものを探ろうという、山崎版「戦争と平和」と言える意欲作だ。

 当初は父親の話だけを書くはずだったのが、「昔こんな立派な人がいました」だけでは、今の読者に読んでもらえない。戦争が忘れられてゆく時代に、戦争を今日の問題として語るためには、現代の話も入れなければならないと、途中から現代篇も設定。「自衛隊にも膨大な取材をしました」と、最後の担当編集者は言う。

 また、一周忌に合わせ、「山崎豊子全集第2期全4巻」『運命の人』『約束の海』が、9月末より、毎月1冊ずつ刊行される。同全集では、小説作品以外に、作品にちなんだ山崎さん自身のエッセイや、山崎ドラマの俳優(仲代達矢、渡辺謙、上川隆也)や、秘書、担当編集者からの執筆秘話なども多数寄せられている。

 10月4日には、名古屋で、担当編集者による記念講演「未完の絶筆・山崎豊子『約束の海』はこうして書かれた」も予定されている(NHKカルチャー名古屋教室)。

デイリー新潮編集部

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