男性ヌード展覧会が盛況 ポップカルチャーと融合した男体盛りも

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 男性ヌードをモティーフにした作品が美術展にいくつか出品されることはあっても、男性ヌードそのものをテーマにした展覧会となると……。と思っていたら、海外では新たな動きが起こっていた。

■ウィーン、パリで男性ヌード展

 2012年、ウィーンのレオポルト美術館で「nude men」展が開催された。街じゅうに貼られた宣伝ポスターが実に挑戦的だ。スパイクとソックスだけを身につけた3人のサッカー選手を真正面からとらえた写真作品が使われたのである。さすがに物議を醸し、途中で局部を隠す処理がなされたようだが。展覧会は男性ヌード表現の変遷と多様性をテーマに据えた内容で、会期を延長するほどの盛況ぶりだった。

 さらに昨秋から今年はじめにかけて、オルセー美術館で、18世紀から現代までの男性ヌード作品による「Masculin / Masculin(マスキュラン/マスキュラン:男性=男性)」展が開催。会場に足を運んだ高橋明也氏(三菱一号館美術館館長)は、パリのマスコミや一般の人々の好奇心は辟易するほどのものだったと言いつつ、そもそもヌード表現のはじまりは男性がモティーフだったと語る。

〈その源流である古代ギリシャに遡ってみると、もともと裸体表現はほぼ男性像に限られていた。アルカイック時代に制作された多くの奉納像のうち通常「青年像」(「クーロス」)は裸体で表され、「少女像」(「コレー」)は衣を纏っている。また、ゼウスやアポロンなどの神話の男性神やヘラクレスのような英雄たちは、堂々とした体躯の理想的な裸体で表されるのが常であった。他方、女性が裸体で表現されるのは比較的遅い。公式に最初の女性裸体像とされるのは、プラクシテレス作の《クニドスのアフロディテ》(紀元前4世紀)である〉(「芸術新潮」8月号より)

■女流画家が描く男性ヌード

 日本でも男性ヌードは多く描かれているが、木村了子のように男性像を描く女流画家というのは稀有である。ポップカルチャーの世界観が濃い木村が描く男たちはみなイケメン。肢体がダイナミックに画面のなかに配されており、なかには女体盛りならぬ男体盛りを描いた屏風絵もある。男性像を描く女流画家がほとんどいない現状について木村は、〈BL(ボーイズラブ)を妄想する腐女子文化を考えても、ジャニーズや韓流に向けられる女性の視線のことを思っても、時代は確かに変わっているのに不思議です〉(同前)と言う。

 木村了子《Beauty of my Dish-私の男体盛り料理》 2005年 個人蔵

 とはいえ昨今のヨーロッパにおける男性ヌードへの注目度を鑑みると、日本でも関心が高まるのはそう遠くない未来ではなかろうか。とあらば、気鋭の女流画家、続々誕生なるか?

⇒裸体は芸術か? 進化する現代ヌード表現 芸術新潮編集長が語る

デイリー新潮編集部

芸術新潮 2014年8月号掲載

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