『美味しんぼ』は名誉棄損罪に問えるのか? 「鼻血問題」を弁護士の目で見る

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 人気マンガ『美味しんぼ』の被曝と鼻血を関連づけた描写が、大きな問題になりました。科学的には因果関係が無いとされている事をあたかも関係あるかのようにした内容について批判する人が多くいます。一方で、「因果関係があろうがなかろうが、問題提起をしたのだから良いではないか」という人もいます。

 科学的な議論はさておいて、実際にこの手の風評を広めることは、法的に問題はないのでしょうか。ここではまず、ある主婦の相談とそれに対する弁護士の解説から考えていきます(以下の内容は、ネット時代の法律問題について弁護士が解説をした『その「つぶやき」は犯罪です 知らないとマズいネットの法律知識』(鳥飼重和監修)をもとにしています)。

■真実なら名誉毀損罪にならないのか?

【主婦Fさんの相談】
「先日私は、『彩志井市のキャベツと阿武奈井市の白菜には、有害物質が入っているらしい』という噂を知人から聞きました。これは大変なことだと思い、インターネット上の掲示板やSNS上のコミュニティで、『噂によれば彩志井市のキャベツと阿武奈井市の白菜には有害物質が入っているらしいです! 気をつけましょう!』と書きました。ツイッターでも拡散しました。この情報はあっという間に全国に広まりました。

 しかし、後日、行われた調査結果として、彩志井市のキャベツから厚生労働省の基準値を超える有害物質が検出されたものの、阿武奈井市の白菜からは有害物質が検出されませんでした。

 たしかに私は情報を流す前に、裏付け調査をしたり、情報の真偽を問い合わせるようなことはしていません。実際、彩志井市と阿武奈井市の農家には、大変な被害が生じたと報道されました。

 でも、私も世間の人たちのために書いたのです。少なくとも彩志井市のキャベツには有害物質が実際についていました。私には何の責任もありませんよね?」

【解説】
「彩志井市のキャベツや阿武奈井市の白菜に有害物質が入っている」という書き込みは、それらを生産する農家の社会的評価を低下させるものと考えれば、名誉毀損が成立するといえそうです。

 書いた内容が真実の場合にも、名誉毀損罪は成立するのでしょうか?

 実は、刑法230条1項には、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する」とあり、基本的には書き込まれた内容が真実であるか否かを問わず、名誉毀損罪が成立します。真実だからといって何でも書いていい、ということにはならないのです(ただし、死者に対する名誉毀損は、虚偽の事実を摘示した場合に限って処罰されます[同条2項])。

 もっとも、たとえ人の社会的評価を低下させるようなことであっても、公共の利益のために世間に伝えるべきこともあるでしょう。報道や告発は、ときに犯罪や問題を明るみにします。

 そこで、次の条件を満たした場合は、処罰されないものとされています(刑法230条の2第1項)。

[1]公共の利害に関する事実についての意見や論評であること
[2]意見や論評の表明の目的が専ら公益を図ることにあること
[3]意見や論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があること

 ここで注意しなくてはいけないのは、([3])の「事実が真実かどうか」が焦点だということです。「○○という噂がある」という書き込みをした場合も、通常、「噂が本当にあるか」ではなく、「噂の内容が真実か」についての判断が行われます(昭和43年1月18日最高裁決定)。

 主婦Fさんの場合、たしかに公共の利害に関することに関して([1])、公益のためにした行動ではありますが([2])、[3]の真実かどうかが問題になるわけです。

 彩志井市のキャベツについては、実際に有害物質が検出されているので、真実であると証明ができそうですが、阿武奈井市の白菜については、結局有害物質が検出されなかったので、真実性の証明は不可能と考えられます。

 ただし、真実であることの証明がない場合でも、確実な資料・根拠に照らして「相当の理由」があり、その事実を真実であると「誤信」した場合は、名誉毀損罪は成立しないこととされています(昭和44年6月25日最高裁判決)。

 つまり、最終的に「本当」ではなくても、書いた時点で「本当」だと思えるだけの確実な資料や根拠をFさんが持っていれば、名誉毀損罪には問われません。

■裏取りが必要

「相当の理由」が認められるかはケースバイケースです。犯罪事実については、警察が公表した情報に基づいていた場合や、本人がインタビューなどで自ら犯罪事実を認めていた場合などは、それが認められるでしょう。結果的にその犯罪事実が真実でなかったとしても、その事実を「誤信」した「相当の理由」があるといえます。

 冤罪事件が起きても、それを報道した新聞社やテレビ局が後から訴えられることが滅多にないのは、この「相当の理由」があるためです。警察が逮捕した人については、少なくともその時点では、犯人である可能性が高いと信じても無理はありません。

 もちろん基本的にマスコミは、報道前にその内容が真実であるか、「裏取り」をすることが求められます。虚偽の情報を流せば、たちまち世間から批判を浴び、報道機関としての信用を落とすだけでなく、被害を受けた人に訴えられる可能性も十分あります。

 一方で、Fさんは報道機関ではなく一般人です。個人が確実な資料や根拠を探すのは大変ですし、調査能力や情報量にも限りがあります。往々にして、報道機関ほどの影響力もないと考えられています。そのため、個人レベルで「裏取り」をしてから情報を発信するという人はごくまれでしょう。

 しかし、マスコミだろうと一個人だろうと、法律は特別な配慮はしてくれません。

 最近の判例でも、「個人がインターネット上に載せた情報であるからといって、おしなべて、閲覧者が信用性の低い情報として受け取るとは限らない」ことを指摘し、「確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときに限り名誉毀損は成立しないものと解するのが相当であって、より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきものとは解されない」としています(平成22年3月15日最高裁判決)。

 たとえ一般のインターネット利用者であっても、確実な資料や根拠を探すのが大変だからといって、不確かな噂などを裏付けもなしにインターネット上に載せた場合、名誉毀損罪が成立する可能性があるのです。

■真実の証明が必要

 ここで、主婦Fさんの相談について、整理してみましょう。

 まず前提として、名誉毀損罪は、その内容が真実であるかどうかは関係なく成立します。ただし、公共の利益のための真実の情報であるか、あるいは真実であると信じる「相当の理由」があれば、その対象からは外れることになります。

 すでにみた通り、Fさんの書き込みは、一般の消費者にキャベツと白菜の汚染と危険性を警告しようとするもので、[1]公共の利害に関する事実について、[2]専ら公益を図る目的にで行った場合に当たると考えられます。しかし、[3]の真実であるかどうかについては、有害物質が検出されたキャベツについては結果的に真実性の証明ができますが、白菜からは有害物質が検出されなかったので、真実性の証明はできません。さらに、知人から聞いた噂にすぎず。確実な資料や根拠もないので、「相当の理由」もありません。そのため、名誉毀損罪が成立する可能性があると考えられるのです。

 なお、公訴が提起されるに至っていない人でも、その犯罪行為に関する事実は「公共の利害に関する事実」とみなされます(刑法230錠の2条第2項)。また、公務員や選挙の候補者に関する事実(公務に何ら関係のないものは該当外)であれば、[1][2]の有無を問わず、[3]真実であることの証明があったときには処罰されません(同条第3項)。

■あやふやな情報の発信の危険

 つまり、どんなに正義感や使命感を持っていたとしても、他人の社会的評価を低下させるようなあやふやな情報を発信すると、名誉毀損に問われる危険性は十分あるということです。「知り合いから聞いた」「噂レベルだが注意を喚起したい」といった程度のことで情報を広めてしまうと、手痛いシッペ返しが待っているかもしれません。

デイリー新潮編集部

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