新幹線運転士が独断でダイヤを変更?! そのワケとは

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「今日は花火大会を見て行くぞ。俺が先発で運転していくからな」

 現在は写真家・ライターとして活躍する元新幹線運転士のにわあつしさんは、高らかに宣言する先輩に、とっさに聞き返したといいます。

「はあ、花火大会は大阪に着いてからですか?」

「大阪に着いたら終わってるよ! 熱海だよ」

 昭和50年代の東京駅。新大阪に向けて出発する、ひかり181号、0系運転台での、運転士ふたりの会話です。

 先輩はその言葉通り、熱海まで速度制限ぎりぎりの速度で飛ばすと、こだま号の熱海停車と同じように速度を調整して、ブレーキをかけたそうです。本来は時速160キロで通過するはずの熱海駅ホームへ時速30キロで入ってゆくと、当然、不安を感じた車掌から連絡が入ります。

「何かあったのですか?」

 先輩運転士は「花火大会だよ。お客さんへのサービスだ。列車は遅れないからね」と快活に返します。

 狙い通り、海上では打ち上げ花火が上がっていました。ホーム上で歓声をあげるお客さんたち。ひかり号の車内でも同様な光景が広がっていたことでしょう。そのただ中にあって、熱海駅駅員だけがゆっくりと入線してくるひかり号を呆然と眺めていたのが忘れられません、と、にわさん。

 いわば、独断でのダイヤ変更だったわけですが、次の停車駅の名古屋駅までに遅れは挽回されたので、迷惑をかけられた人はひとりもいなかったとのこと。

 先日『東海道新幹線 運転席へようこそ』(新潮文庫)を上梓したばかりの、にわさんによると、国鉄の職員たちはかなり個性的だったと聞きます。この先輩のほかにも数々の伝説や武勇伝を誇る、職人かたぎの新幹線運転士たちが梁山泊のようにごろごろしていた、と聞きます。宿泊先の大阪の居酒屋でぐいぐいお酒を呑んでいる先輩もよく見かけた、と。民営化以降の運転士さんは総じてマジメな傾向にあるそうです。

 同様な話は、航空サスペンスやエッセイ『機長からアナウンス』で人気を博した、元ANAパイロットの内田幹樹さんにも伺ったことがあります。曰く、「陸海軍上がりの先輩パイロットは個性的で、怖かった」と。

 さて、2014年で開業50周年を迎える東海道新幹線。世界に誇る超特急の安全基準は、民営化になってから、さらに厳しくなっているようです。

 私たち乗客としてはとにかくトラブルがなく快適に乗れることが一番ですが、「花火大会特別ダイヤ」のようなサービス精神に溢れたエピソードを耳にすると、ちょっと和みますよね。

デイリー新潮編集部

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